【第106期講座】2011年10月-2012年03月

武田邦彦の講座リポート


■はじめに
 2011年3月11日午後2時46分、東日本の広範囲にわたって大地震と津波によって未曾有の災害に襲われた。多くの人命が犠牲になり、家や家財を津波に流された。その傷跡はあまりに大きく、その衝撃ははかりしれないものがあった。加えて福島原発事故により放射性物質が飛散し、その放射能汚染問題が日本中を恐怖に陥れることとなった。
  本講座においても3月に登壇していただくはずであった黒川伊保子氏の講座を急遽延期して、11月に変更をお願いすることになった。また大災害の中で4月からの105期講座をどうするかについては議論がなされたが、本当に大切な情報や知識を学ぶ場を提供し続けるという本講座の使命と役割を貫くべきだとの結論に達し、105期講座は予定通り4月から幕を切って落とした。
  そして10月からの106期講座は、原子力の専門家である武田邦彦氏に始まり、脳科学の黒川伊保子氏、片づけ士の小松易氏、命の授業の腰塚勇人氏、エッセイストの川北義則氏、ピアニスト辻井伸行さんの母である辻井いつ子氏という講師陣によって開催された。

 本来であればその都度、講座リポートを配信する予定でしたが、諸般の事情により106期講座リポートとして以下の通りまとめさせていただきました。


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■「地震・原発・環境 ―ズバリ本当の事を教えて―」 講座リポート 
 中部大学教授の武田邦彦氏はこれまでの常識を覆すような環境問題やリサイクル問題への発言がマスメディアで大きく取り上げられてきたが、実は原子力に関する専門家である。原子力安全委員会の専門委員として、原発の安全に関してさまざまな意見を発してこられたことは、原子力安全委員会の議事録によっても知ることができる。
  今回の原発事故が起こる前から原子力安全委員会などで武田氏が指摘してきたのは、「原発は震度6に対応できていない」というものであった。2007年の中越地震の際、新潟の柏崎刈葉原発の変電所が黒煙をあげて燃えたとき、武田氏は原発の安全に対して疑問を呈し、その危険性を指摘している。もっとも問題とされたのは原発が事故を起こしたとき、その周辺住民がどのように避難するかといった手順がないことだったという。このことは静岡の浜岡原発に関して、中部電力にも同様の質問をしているが、「原発は安全である」というだけで、その危機への対処はないと語っておられた。
  武田氏の安全委員会での発言については
  「原発深層流002 危険な原発? 安全委員会速記録(1)」(http://takedanet.com/2011/04/1_d08f.html)に詳しく語られているので参照してもらいたい。ここには原発の安全対策について突っ込みきれなかった武田氏の悔しさが滲み出ている。
  武田氏のその極論とも受け取られ誤解される主張は時として物議をかもすことになるが、事実に正面から向き合おうとする科学者としての矜持をもっての発言としてみれば至極納得することばかりである。
  原子力推進派であったはずの武田氏に対して、今回の原発事故が起こって反原発の急先鋒になったのは一貫性がなくおかしいと批判する人もいる。しかし武田氏にとっては「福島原発の核爆発の映像をみて、それでもなお原発を推進すると発言する方がおかしい。何が間違っていたのかを検証し、本当に安全な原発が成り立つのかを問うべき」であるとして、事実の前に科学者のあるべき態度が問題なのだという。
  特に武田氏の信条として大切にしている未来を担う子どもたちを被爆させてしまったことに痛烈な責任を感じておられた。それがゆえに政府や東京電力の詳細なデータがなかった段階でも、原子力の専門家としての知識と経験に基づき、福島原発で何が起こっているのかを予測し、時系列で何が問題になるのかを指摘し、自身のブログで事故当時から現在にいたるまでの情報を発信し続けることにつながっている。
  本当の情報をもっている政府や東京電力があまりに福島原発事故への対応に集中し、福島をはじめとする東日本、関東の人々が放射能に汚染される危険に対してスピードある対応ができなかったことに、憤りと悔しい思いがあるという。そこで武田氏は原子力の専門家という立場をふまえて、放射線とは?放射能とは?これから何に気をつけたらよいか?子どもたちに被爆させないためには?等々について、相談を求められたら誰にでも対応してあげようと決意し、現在もその通りに実行されている。
 これについて武田氏は「もし娘や息子が東日本や関東に住んでいたとして、どうすれば良いかを相談されたなら、父親として具体的にアドバイスするでしょう。だから困っている人に対しては父親のような気持ちでアドバイスをしています」と笑顔で語っておられたのが印象に残る。
 私たち原子力の素人からすれば「放射能」と耳にするだけで不安と目に見えない恐怖に立ち竦んでしまう。まして幼い子どもをかかえた母親であれば、外部被爆と内部被爆をなるべく子どもにさせたくないと必死になるのはごく自然なことである。母親の必死な姿に対して、「そんなに神経質にならなくても大丈夫だ。多少の放射線は人間を健康にする。福島の農家のことを考えてやれ。このまま経済が沈んでしまったらどうするんだ」などと発言するのは、多くの場合は男性であったと言う。「風評被害によって福島の農家は困っているのだから、福島のために多少は我慢すべきだ」と言うが、それでは子どもたちを被爆させていいのかという問題から議論の視点がずれてしまうことも多い。
  武田氏は関西のテレビ番組で「今回の原発事故によるセシウムが拡散したのは、畑に青酸カリが撒かれたようなものだ」と発言したことで物議をかもした。一関市長から抗議のメールも届いたが、その返事に武田氏は「できるだけわかりやすく、しかも科学的に間違いのないように配慮しました」と解説する。放射性セシウム137(成人、経口)の50%致死量は0.1ミリグラム程度であるが、青酸カリ(成人、経口)の50%致死量は200ミリグラムであるという。つまり「青酸カリの方が約2000倍程度、毒性が低い関係にある」として、武田氏にとっては科学的に控えめに表現したとのことだった。
 五感の響きからするとセシウムよりも青酸カリの方が恐ろしいイメージがあるからか、感情的なものを引き出してしまったのかもしれない。しかしこの武田氏の発言に抗議をした一関の市役所には地域住民から「武田氏の発言は間違っていない」という声が多数寄せられたとも聞いている。よくよくみれば明らかなのだが、放射性物質をばら撒いたのは武田氏ではなく、東京電力であって批判の矛先が違うはずだ。武田氏はなるべく被爆を防ぎたいという視点と、放射性物質を除去することを一日も早く実行しなければならないとの警鐘を鳴らすための発言であった。
  武田氏によれば今回の事故で実に60京ベクレルもの放射性物質が飛散したという。新潟柏崎の原発事故の祭には3億ベクレルであったことをみれば、今回はとんでもない事故であったことがわかる。
 海や山や畑、そして市街に大量に飛散した放射性物質を当事者である東京電力が回収すべきであるというのが武田氏の基本的な考え方である。したがって、学校の校庭などに仮置きされている汚染された土、瓦礫はすべて東京電力が回収して処理すべきであるという。それは放射性物質が半減期にいたるまで放射線を出し続けるために、その近くにいる人は被爆をし続けるからである。たとえば汚泥に大量のセシウムが含まれていたという報道に対して、私たちは「エーッ!」と驚いてしまうが、武田氏は「それは良かった」と判断する。なぜなら、大量に飛散したセシウムが汚泥によって集められたのだから、その分だけ拡散したセシウムによる被爆を避けることができるというのだ。専門家の知見として、とにかく飛散した放射性物質を集めることが大切であると指摘し、なるべく人々が被爆しないための方法を提示することが求められている。
 武田氏が危惧していたのは、原発事故が起こった後ただちにテレビやラジオで風向きを伝えること、放射性物質が飛散する方向を予測するスピーディのデータが発表されなかったことだった。武田氏はいち早く鹿児島の噴火の写真をブログに掲載し、火山灰が風向きに影響されるのと同じように放射性物質も風向きが問題であると指摘した。そしてドイツなどの外国の気象データが伝えた放射性物質の飛散予測も掲載して警告を発したのだが、政府や東京電力の対応は遅れに遅れたため多くの人たちが被爆することになってしまった。
 また昨年の3月、4月の時点で「梅雨に入る前に除染をしなければならない」との警告を発し、雨に流されて道路の溝やヒビ割れの中に放射性物質が入り込まないようにという危惧を指摘しておられた。これもまた対応が遅れて、一年が過ぎようとしている。
 武田氏の基本的な主張は、「すべてを3.11以前に戻すべきである」として法律に定められている「1年1ミリシーベルトを守る」ことに集約されている。大量の放射性物質が飛散したからといって、「1年100ミリシーベルトでも大丈夫」などと言うのはおかしいし、「緊急時であるから1年20ミリシーベルトでも仕方ない」というのは、「子どもに年間200回のレントゲン検査をする」を容認するのかということにもなる。
 放射線の人体への影響が科学的にまだ明らかになっていないために、さまざまな学説があるのだろうが、基本的になるべく被爆しないことを前提にして1年1ミリシーベルトが法律で定められている。3.11以前であれば、大新聞やNHKを始めとするマスメディアは、少しの放射能漏れがあれば蜂の巣をつついたように報道したものだが、これほどの大事故に対してはそれほどに大騒ぎをしないのは不思議なことである。武田氏の「1年1ミリシーベルトを守れ」という発言に対してマスメディアは「武田氏はミスター1ミリシーベルト」と揶揄するばかりで、これが重要なメッセージとして取り上げられているとはいえない。
 日本はこれから30年にわたって放射能と付き合っていかなければならない。本来であれば心ある学者や専門家の知識と経験を結集して、未来をつくる子どもたちが被爆しないように配慮し、出来る限りの努力をしなければならない。判断ができない子どもたちのために、大人がもてるものすべてをもって正しい判断をし、未来の子どもたちのためにしっかり対処することが求められている。武田氏のブログは毎日更新され、原発問題に関するニュースがあれば即座にコメントをアップしている。賛否両論あるメールや電話に対しても誠実に対応されていて、あくまでも科学者としてのゆるぎない信念を貫く姿に心打たれる。
 いま日本人が何を考え、行動しなければならないか、利害を超えて未来の子どもたちのために為すべきことは何かを問われる講演内容であった。