【第96期講座】2006年07月-2006年12月

植草 一秀の講座リポート


■はじめに
「改革」の旗を掲げて5年間、日本の政治の舵をとってきた小泉首相の政権がこの9月で交代をする。小泉劇場と形容された劇的な5年間であったが、その経済政策を真っ向から批判し、提言し続けてきたエコノミストが植草一秀氏である。 二年前から一連の事件によってマスメディアから遠ざかっておられたが、それまでと変わらない論陣を張りながらその主張を曲げずに小泉政権の経済政策に鋭いメスを入れている。 本会においては、二年前に登壇していただく予定のところ講演会を中止しなければならなかったため、今一度、小泉政権における経済政策について植草氏の分析に耳を傾け、さまざまな角度から現代の日本経済とその今後にどうあるべきかを探ってみたいと考え、再度ご登壇をお願いした次第である。
■失われた20年-日本経済混迷持続の原因は政策逆噴射-
植草氏によれば、1986年から2006年までの20年は、日本の政策がそのときどきにおいて誤っていたため、景気の浮上のチャンスを逃してきたのだと分析する。 1989年の12月29日、日本の株価は史上最高値である38,915円をつけた。それからバブルが崩壊し、史上最高値から9ヵ月後、株価は20,221円となり、18,000円以上の暴落をした。91年2月に日本経済が不況に突入したが、当時の宮沢内閣は対処に遅れ92年2月不況であることを発表。植草氏は92年4月9日に政策対応をしなければならないとマスメディアを通じて発表したが、政府は景気対策をうつことなく無策のまま8月を迎えた。そのときの株価が14,309円であった。そこでやっと10.7兆円の対策をうち、株価の底が割れることなく19,000円台を回復した。 これは政策と経済の関係をみる象徴的なカタチであると思う。このリポートでは書ききれないが、植草氏の示すデータで政策と株価の変動を分析すると見事に連動していることがみてとれる。
同様に、橋本政権が消費税率を2%引き上げるとの閣議決定した96年6月、株価は22,666円(6/26)をピークに下落してゆく。98年10月、小渕政権が60兆円の金融対策を打ち出すことにより、株価は12,879円を底値にして上昇をはじめる。しかし、小渕氏が逝去し森政権が発足するまでに20,833円をつけた株価はその後に下落し始め、小泉政権の改革路線をもってしても下落は止まらず、2003年4月28日に最安値の7,607円をつけた。 植草氏によれば、小泉改革はこのとき『りそな銀行』を破綻させるのではなく救済することで改革路線を変更したと指摘する。それまでは企業が倒産すれば小泉首相は「改革が進んでいる証拠」と眉を動かさずにいたが、さすがに『ダイエー』を破綻させ、『りそな銀行』を破綻させれば株価も大底を割り、金融恐慌もありえるとのことで政府は救済に走った。これにより、2003年5月から株価は反転し上昇を始めるのである。

植草氏は、これまで90年代から橋本政権と小泉政権の二度の経済政策の逆噴射があったために、日本経済の混迷が継続することになったと分析する。そこで2006年に入って順調に回復してきた景気が、9月の新政権発足に伴い三度目の逆噴射があるかどうかが注目されるというわけである。もし経済の健全な回復を止めてしまうような政策が打ち出されれば、日本経済はまた混迷の道をたどることになる。

■小泉政権5年間の総決算-五つの問題点-
植草氏は小泉政権の5年間には五つの問題点があったと指摘する。

経済政策の失敗
「緊縮経済」と「企業の破綻処理推進」が日本経済崩落の原因
→2003年の5月に『りそな』銀行を救済するという政策大転換が事態改善の出発点
実質的内容が乏しい「改革」
具体的成果を欠く、道路公団・三位一体改革・郵政民営化
「大きな政府」の根本原因の「天下り」は温存
「弱者切捨て」の小泉改革
障害者いじめの「障害者自立支援法」
激増する高齢者医療費自己負担
「対米隷属」の外交姿勢
米国には隷属・アジアには無配慮
非民主的な政治手法
独裁的政治手法の行使
司法への介入・露骨なメディアコントロール
(以上はレジュメ・資料より)
この5年間、小泉首相でなければできないことも多かったとも思うが、植草氏がもっとも問題としてあげている経済政策については頷けることが多い。小泉首相は表立って2003年に政策転換をしたとはいえないだろうが、この危機的状況でよく転換してくれたとも思う。植草氏にすればもっと早く手を打つべきだったというかもしれないが、日本を壊してしまうまで変人であったらもっと大変なことだった。軸がぶれないのは大切だが、間違ったときには素直にその軸のぶれを修正することができるようであってほしいものである。

■財政健全化を実現させる三つの施策
植草氏によれば、日本の財政の健全化を実現するための第一は「経済の健全化」に尽きるという。景気が回復すれば税収の増加がもたらされるのであり、まず経済が健全化しなければならないという。そして第二に「政府の無駄を徹底的に排除する」ことであり、そのために天下りの全面禁止を主張する。小泉改革が着手することができなかった天下りの問題は今後大きなテーマとなる。そして第三は「社会保険制度の抜本改革」であるという。植草氏は、この三つの施策を打ち出すことが日本の財政健全化のためには必要不可欠であることを強調された。

■「まとめ」にかえて
これからの日本経済をどうみるかについて、植草氏はアメリカの経済動向が鍵になると指摘する。まずアメリカがインフレ抑制に成功し、原油価格の上昇を抑えることができるというソフトランディングとなれば、日本の株価もアメリカの株式市場に連動して反発する。しかし、中東での軍事衝突が拡大し原油価格が上昇すれば、アメリカは利上げ政策を継続することになり、日本の株価はアメリカの株式市場に連動して株価下落が持続することになるという。
植草氏の分析によれば、アメリカは8月に金利引き上げの見送りで金融の引き締めは一段落したとみる。これによりアメリカ経済成長持続が確認されればNYダウは史上最高値更新に向うとのことだが、ここで原油価格が高騰し続けるのであれば、世界的に株価調整は長期化すると分析している。

経済を単に数字の動きだけでみるのではなく、政策と株価そして経済の連動としてみることにより、近未来を予測することができる。日本とアメリカ、ヨーロッパ、そして中国の政策と経済の連動も日本のあり方に大きな影響を与えるということを意識しておく必要がある。
とりわけ、植草氏が指摘する小泉政権を後継する新政権の経済施策がどのようなものであるのかに注目してみたい。

本リポートはTCC会員様の特典となっておりますので、転送・配布等はご遠慮ください。

2006年9月12日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ

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 【質疑応答】

■Q:小泉政権を後継する新政権に求められる経済政策とは何でしょうか?
植草:小泉政権の政策は、緊縮財政と企業の破たん処理推進でした。私は2001年の小泉政権の発足当時から「この政策は非常に危険である」と主張してまいりました。政策で経済のブレーキを踏み、企業の破たん処理を進めれば必ず金融不安につながります。そこで大事なことは経済の健全な回復を誘導する、これに軸足をおくことです。経済の健全な回復に軸足をおいて政策を進めれば、その中で金融問題の解決してゆくことができるのです。

植草:2003年に『りそな銀行』の問題が表面化し、あわや金融恐慌というところに日本経済はたちいたりました。そこで小泉政権はやむなく、あるいは計画通りだったかわかりませんが、りそな銀行を救済しました。これを基点にして小泉政権は改革よりも経済の成長重視に徐々に軸足を移しながら政策を進めて現在にいたりました。最近になって経済成長が税収の増加をもたらした結果、財政収支の改善が動き始めてきたことを受けて、中川秀直政調会長や竹中さん自身の発言が大きく変わりました。また安倍官房長官も景気回復による税収の増加が非常に大事であり、したがって「増税については慎重に考える」という発言が出てまいりました。

植草:この流れを受けて新政権においては、いまある経済の改善を維持し、これに軸足をおくということを鮮明にすべきだと思います。その上で中期の課題として、財政の健全化に向けては景気回復による税収の確保、景気に不安感がなくなった時点で増税措置であるとか、歳出削減をしてゆく。順序としては歳出削減が先に来るべきであり、政府部門の本当の無駄を省くということでいえば、天下り政策の全面的見直しが必要です。小泉政権の末期になって少しそういう話題が出始めておりましたが、新政権において第一の軸には経済成長の重視ということをおき、健全な経済の成長による財政収支の改善、中期的な課題として政府の無駄を斬る施策としての天下り制度、公的部門の改革。

植草:それからもうひとつ積み残しになっております最大のテーマが、社会保障制度の改革です。年金制度、保険料率の引き上げで年金制度の維持をしようというのが政府の現在のスタンスですが、払った保険料すら返ってこないという情況の中で保険料の引き上げに依存するのは非常に難しい。税というものを軸においた社会保障制度、年金制度というものの政治が必要だと思います。これが経済政策上の課題だと思います。

■Q:二大政党制で政権交代可能な体制ができたとして、政権交代をした際に政党によって経済政策が大きく揺れてしまい、経済の健全な成長を損なうことにならないでしょうか?
植草:財政当局は経済条件が小幅に改善するとすぐに無茶な緊縮策に走る傾向をもっていまして、97年の増税について私は96年に発表した論文の中で、消費税の増税は賛成だったのですけれど、消費税の増税は97年4月と98年4月と二度に分けて1%づつ行う。その代わり他の増税は見送り。これで1年あたり2.5兆円の増税という提案だったのですけれど、それくらいのやり方をしていれば経済を壊さずに財政構造を変えるということは可能だったのです。しかし、当時の大蔵省は増税ができるチャンスがあまりないとみて、一遍に13兆円という税収増をもくろみ、経済のブレーキを踏もうとします。2000年から2003年にかけましても、森・小泉政権のもとで、がむしゃらに経済状況を無視して緊縮に走った結果、事態を悪化させました。そういう中で最近は過去の失敗についての私の意見なども徐々に浸透してむしろ経済成長が大事だという政治家が増えてきたことは非常に望ましいのですが、また財務省が表面に出てくると無茶な緊縮策を提示しかねない。そこはしっかりと総理大臣を中心に政治家が健全な経済成長の維持というものが大事だと、そこを大枠としてはっきりさせれば、この問題は回避しうるのではないかなと思います。その点でのリーダーシップの発揮というのが非常に大事だと思います。

■Q:格差社会についてはどう思われますか?
植草: 80年代以降アメリカの企業経営が大きく変わりまして、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)という言葉が良く使われました。特に中国を中心とする新しい国が台頭して価格破壊というのが広がってまいりました。
先進国で世界との競争を考えたときに一番競争のネックになっているのが人件費ですから、ITを最大に活用して人件費を落とす。いままで事務労働で、ある程度給料をもらっていた人の仕事がITにとって代わられ、年功のある労働者が高い給料でやっていた仕事がパートタイムとか派遣によって非常に安い賃金でまかなえるようになってきました。
その結果、企業の利益は非常に拡大して株主のリターンは高まるのですが、労働者の取り分が非常に下がってしまう。これが二極分化で、一部の非常に豊かな人々と、ワーキング・プアーという言葉が最近使われますが、このような二極化がひろがることになり、日本も遅ればせながらそういう状況にはいってきたということだと思います。

植草:格差が広がって固定化するということは更に強まる可能性がありますので、やはり分配の問題、つまり企業が生み出した果実をどう分け合うのかが問題であると思います。アメリカ流の市場主義だけに委ねれば二極化はさらに進行して固定化してしまうので、やはり日本流のみんながある程度納得のいく分配の手法を検討すべきだと思います。アメリカ流の市場原理主義を日本で修正していくべきだと思います。

植草:一方で、結果における格差を否定すべきということからいえば、やる気ということを考えると結果の格差をある程度容認しなければならないと思います。そのときには本当に弱者の部分は社会の責任として確実にケアすることが必要になります。それがあった上で、ある程度格差を容認することが大切ではないでしょうか。これは相互に矛盾することがありますが、分配のあり方についてアメリカ流の数百倍、数千倍の格差を容認するのではなく、日本流の分配のあり方については検討をすすめるべきだと思います。

本リポートはTCC会員様の特典となっておりますので、転送・配布等はご遠慮ください。

2006年9月12日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ