【第99期講座】2008年01月-2008年06月

玄侑 宗久の講座リポート


■はじめに
僧侶と小説家という二足のわらじを履きながら縦横無尽に活躍しておられる玄侑宗久氏。当講座では二度目の登壇であり、先回の肩書きは福聚寺の副住職だった。今回はお父上に代わり住職として大きな責任を負うことになったとのこと。
講演の中でも紹介されていたが、臨済宗では隠居された禅僧は「閑栖」(かんせい)と呼ばれるという。お父上は、実に優雅なゆっくりとした時間をすごしておられ、人間の自然な姿を感じて、まさに「閑栖さん」という語感がぴったりしていると語っていた。余分な言葉がなくなり、何事にも囚われることがなくなり、「空」の世界を体現してゆくところに「いのちの輝き」が周囲の人々にも感じられるのかもしれない。

玄侑氏は「常にこの世の全てが変化し続けている(諸行無常)にもかかわらず、人は変わらないものを求めるために苦が生じる」と喝破する。自然の流れにしたがい、変化することを恐れず、あらゆる囚われから解放されることを示し、空の実践をすすめているのが「般若心経」の教えであるという。

■「般若心経」を漢訳した玄奘三蔵
西遊記でよく知られている玄奘三蔵は、国禁を犯してまでもインドへと経典を求めて西域へと旅に出た。当時の玄奘三蔵の年齢は26歳であり、19年をかけた命がけの旅であった。
物語としての西遊記では三蔵法師が孫悟空と猪八戒、沙悟浄という三人を供にして旅をすることになっているが、実際は玄奘三蔵の一人での旅であった。

これについて玄侑氏の解説によると、孫悟空は「怒り」、猪八戒は「貪り」、沙悟浄は「怠惰」の象徴であり、玄奘三蔵が旅の途上であらゆる我欲と闘ったことを示しているという。孤独で辛い旅をただインドへ仏教の経典を求めてゆく玄奘三蔵の姿を想い浮かべると、その厳しさは想像を絶するものがある。ときにイライラし、ときに貪りや怠惰への誘惑が襲ってきたかもしれない。それらが化け物や怪獣といった試練として象徴されているのが、西遊記なのかもしれない。

奈良の薬師寺には玄奘三蔵院が建立されている。ここには玄奘三蔵の遺骨が納められており、玄奘塔には「不東」(高田好胤筆)の額が掲げられている。「不東」とは、玄奘三蔵が旅の途中で病気に見舞われたとき、弱くなった気持ちを奮い起こして、「インドでの求法の目的を果たすまでは故郷の長安には帰らぬ」という固い決意を示すものであった。

玄奘三蔵がインドから経典を持ち帰ったとき45歳となっていた。唐の皇帝・太宗は玄奘三蔵の成果を高く評価し、国立の翻訳所を提供したという。それから3年後(649年)の5月25日に「般若心経」が漢訳され、そして皇帝・太宗は3日後の5月27日に崩御した。

玄侑氏が、「重篤な状態にあった太宗に安心を得て欲しいと願った玄奘三蔵がこの般若心経の翻訳を急いだのではないか」と推測しておられたのが印象的であった。

■諸行無常と照見五蘊皆空
玄奘三蔵が経典を漢訳していた場所は終南山という岩山である。そこには松が自生しており、一年中変わらない松の緑をみることができた。
玄侑氏によれば、松の葉は常に散っていて、入れ替わっているからこそ一年中変わらない松の緑があるのだと指摘する。すなわち、変わっているからこそ変わらない姿がそこにあるのだと。人は変わらないものに価値があり、その不変な姿を尊く感じるのだが、実は変わらないために変わり続けることが大切なのだという。
このことを仏教では「諸行無常」として、つとに有名である。

般若心経の冒頭では、「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」とある。玄侑氏の解説によるとこれは、「実相を自在に観る眼のひらけた菩薩は、深い『般若波羅密多』を行じていらっしゃったときに、“私たちの体や精神作用は全て自性を持たず、これはいわば縁起における無常なる現象なのだ”と見極められて、一切の苦悩厄災から免れたのである」という意味である。

五蘊とは色、受、想、行、識を指している。
五蘊皆空とは、物質的な現象(色)は空であり、感じる(受)ことも、表象する(想)ことも、意思(行)も、認識(識)もすべては空であるとの悟りをいうらしい。

人が苦しむのは、目の前の出来事が「皆空」であることを知らないからであり、それにとらわれてしまうからだという。

そこで玄侑氏は、「鏡の心」が大切ではないかと提起する。
鏡はその時々の姿を真に写しだす。しかしいったん写し出した姿も次の瞬間には消えてしまう。いつまでも過去の姿を写しているものではなく、今の姿を常に写し出しているのが鏡であり、まさにとらわれのない姿がここにあるという。

■波羅蜜多(ハラミター)・・・・空の実践
波羅密多(ハラミター)とは「到彼岸」と訳されている。彼岸へと到るための実践をするのが「六波羅蜜」であり、(1)布施、(2)持戒、(3)忍辱(にんにく)、(4)精進、(5)禅定(ぜんじょう)、(6)知恵という六つの実践があるとされる。これらの実践を通して彼岸に行くことができるというわけである。

262文字からなる般若心経は、観音菩薩の生き方をもって自分自身が変わってゆくことができると教えており、その境地にいたるための呪文が般若心経であるという。
玄侑氏によれば、般若心経の最後の「羯諦 羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」(ぎゃてい ぎゃてい はらそぎゃてい ぼうじそわか)を唱えるだけでもよいけれど、やはり般若心経の全部を暗記して唱えることを勧めている。

般若心経はできるだけ文字を見ながら唱えるのではなく、暗記して唱えること。

■「まとめ」にかえて
般若心経の世界を短い時間の中で理解することは難しい。大乗仏教の知恵が集約されているといわれる般若心経であるが、玄侑氏は「初心者が般若心経に取組むのは無謀でもあります(笑)」と語りながら、日本人にとって馴染みの深い般若心経がよりわかりやすく、読経することでより実感できるようになればこれほど素晴らしいことはないと語る。

玄侑氏のわかりやすい解説によって、般若心経がさらに身近なものに感じられた。

最後に日本人の感性にピタッとくる陀羅尼(だらに)となりうるものがあるという玄侑氏の発言は実に興味深かった。陀羅尼とは「暗記されるべき呪文」であり、「暗記して繰り返しとなえる事で雑念を払い、無念無想の境地に至る事を目的とした」ものである。

はたしてその呪文となりうるものは「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」であるという。玄侑氏は絶賛しておられた。般若心経の後につけてもいいのではないかと般若心経の最後のところを読経され、「羯諦 羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」の代わりに「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」としてみせてくれた。
微妙な空気が流れないではなかったが、「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」という語感となんとも懐かしい響きは日本人の心に届くもののように感じた。

音のもつ不思議な力、呪文の響きは人の心に何かを起こすようだ。
262文字の般若心経を暗記して、声を出して唱えてみるとき、言葉の意味がわからなくとも心に響く何かがある。その何かを考える以上に、感じてゆくことが大切ではないだろうか。
その言葉と音の響きは、魂を響かせ、彼岸に向う力を得させてくれるに違いない。

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2008年6月23日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ