【第106期講座】2011年10月-2012年03月

小松 易の講座リポート


「かたづけ士」とはスッキリ・ラボの代表・小松易氏がつけた名称で、片づけを習慣化するためのコンサルティングやアドバイザー、コーチングなどの役割と使命を帯びている人を指す。
  小松氏はモノや情報があふれる現代社会において、誰もが「片づけ力」をもっているという信念のもと、「日本人が本来持っている片づけ力を引き出して、日本を元気にする」ミッションを掲げ日本中を奔走している。
  さて「片づけができない」と悩む人々がいる。書斎がいつの間にか倉庫化し、足の踏み場もないとか、リビングのソファには服や本が積まれて片づかない、大掃除は年に一度やるのが精一杯だという具合だ。今度こそはと決意するが、モノが増え続けて挫折してしまうことも多い。ちょうどダイエットのように、何度も挑戦して挫折を繰り返すというのも悩ましいことである。
  小松氏によれば「片づける」こととは、暮らしの中で増え続ける①モノが適量であるかどうか、②モノの定位置が決まっているかどうかという二つが問題であるという。①のモノが適量であるかどうかを問うのが「整理」であり、②のモノの定位置を決めるのが「整頓」であるとしている。片づけの入り口は整理・整頓にあるわけだが、その前段階として「片づけよう」という気があるかないかは一番の問題ではある。
  小松氏も指摘するところだが、私の暮らしの中でモノが適量であるかどうかを問うのは、生き方そのものを問うことと等しい。最終的には「私はどう生きたいか」に突き当たることは間違いない。そこが明確にならないために、ダイエットで失敗しリバウンドを繰り返すような現象が整理・整頓にも起こるのではないだろうか。
  小松氏は片づけについて、①「片づけ」、②「型づけ」、③「方づけ」と三段階があると提示している。①「片づけ」は整理整頓をする第一段階で、使う意思のあるモノとないモノを分けて、定位置を決める。第二段階は②「型づけ」で、モノの扱いに対するルールを決めて習慣化する。そして第三段階は③「方づけ」という「生き方」の方向を確立することで、豊かな人生を実現することができるという。
  この三段階の片づけの習慣化は『私の生き方』につながっているためか、「気持ちのスイッチ、行動のスイッチがONにならないと始まりません」と小松氏は強調する。そして「いつまでに片づけるというのではなく、いつから片づけるかという日付を入れることですね」と私たちが「年末までに片づけよう」というやり方に警鐘を鳴らす。どうやらこのあたりに片づけが進まない落とし穴があるようで、私たちがよく言う「いつまでにやる」という考え方では片づけは始まらないとのこと。
  また片づけが苦手の人の傾向として、一度に全部片づけようとしてその量をこなすことができないことも多いという。そこで小松氏は、まず部屋の間取りを描いて、部屋ごとに番号をつけることを推奨している。番号順にひとつひとつ片づけていく方法が合理的なのだという。
  そのほかにも講演の中でいろいろと教えてもらったが、具体的な内容についてはTCCでも小松氏のセミナーを企画しているので、関心のある人は参加してみてはいかがだろうか。
  「片づけ」は人生の方向を決めるものであるとの小松氏の指摘は、日々の暮らしの中で何を大切にしているかとの気づきをもたらすものである。今一度、ゆっくりと部屋を眺めて、私が何を大切にしているのか、私はどういう人生を送りたいと思っているのかについて自分自身と向き合ってみてはいかがだろうか。
  小松氏が「片づけるときには二つのゼロが大切です。ひとつはリセットすること、もうひとつはありたい姿、理想の生活を描く大きなゼロです」と言うように、「どう生きたいか?」を問い直し向き合う時間を持つことで真の「片づけ」が始まるのではないかと思う。


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■スタッフの独り言 
 わが家を眺めてみてもモノは増え続けている。10年前にはなかったものも多く、暮らしの中で使わなくなったモノが家賃も払わずに大きな顔をしている。深夜の通販で買ったダイエット器具などは「いつか使う、まだ使える」などと思わせ、まるで詐欺師に騙されるようにしてそこに居座っている。(笑)家賃を払わないのだったら追い出してしまわなければならないと決意するのだが・・・。
 『子どもの足し算・大人の引き算』というが、あれもこれも欲しいと子どもが足し算を言うとき、大人はあれもいらない、これもいらないと引き算を要求する。本当に欲しいモノとは何かを知るのは、こうした内面の対話と議論をすることによるところが大きい。「なぜ、何のために、何を、どうしたいのか?」という哲学的な問いが引き算の基本となる。
 わくわく・どきどきする子どもの心を生かしながらも、私にとって本当に大切なことは何かという大人の引き算ができるとき、真に豊かな人生が得られるのではないだろうか。