【第106期講座】2011年10月-2012年03月

腰塚 勇人の講座リポート


中学の熱血体育教師だった腰塚勇人氏は、2002年3月1日にスキー場で事故に遭い脊髄損傷による全身不随となってしまった。医者は腰塚夫人に「一生、寝たきりか、車イスの生活になるでしょう」と告げた。腰塚氏は、手術は成功したものの手足が動かないことに絶望し、日々死ぬことばかりを考えていたという。生きたくても「生き方」がわからないという絶望感を拭うことができなかったとその時の情況を振り返る。
  一瞬の事故で世界が大きく変わってしまうとはよく聞くのだが、当事者でなければこのとてつもない逆転した絶望の世界を知ることはできない。たぶん腰塚氏も事故に遭うまではそのような一人だったに違いなく、それが最も得意とするスポーツで事故に遭遇するとは想像もしなかったのではないか。この事故以来、腰塚氏の絶望と孤独は深まるばかりであったという。
  真っ暗な絶望の闇をさまよう腰塚氏に希望の光を紡ぎしたのは腰塚夫人だった。「何があっても、ずっと一緒にいるから・・・」と笑顔で支える姿に涙し、気がつけば家族や教師仲間と生徒たちの励ましの声が心に届いてきた。腰塚氏は「私は一人ではない」と気づいたとき、勇気をもって今の現実と向き合って受け容れることを決意した。そして「笑顔」と「ありがとう」の実践を始めたのだという。
  そのときから奇跡は起こった。麻痺して動かないはずの手足が動き始めたのは、事故から10日後のことであったとのこと。厳しく辛いリハビリも、立ち上がり、しゃべることができる喜びが優り、4ケ月後には「先生」として学校に戻ることができるまでに回復していった。腰塚氏が家族と同僚に支えられ、生徒に勇気づけられ、あきらめていた担任のポジションまで与えられたことに涙した。事故がなければ当たり前のことであったが、事故から回復する過程で、何もかもが当たり前ではなく、奇跡の連続であったと実感できたことが感謝であったと腰塚氏は語る。

 新しい命を再スタートさせた腰塚氏は五つの誓いを立てた。
   1.口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう
   2.耳は人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう
   3.目は人のよいところを見るために使おう
   4.手足は人を助けるために使おう
   5.心は人の痛みがわかるために使おう

 この五つの誓いに込められているのは、事故に遭い全身が不随になってしまった腰塚氏が、奇跡的に身体の機能が回復したことを通じて、再び動かし使うことができたことに対する有り難さと感謝の思いである。
  事故や病気、あるいは災害で当たり前のように持っていた生命や財産が突然に奪われてしまうとき、大きな絶望の闇が押し寄せてくる。しかし暗闇ばかりではなく、大切なものを失ったことによって、反対に思いがけない大切なものを得ていることも多いのではないだろうか。腰塚氏が事故により健康を失うことによって、家族や同僚たちの温かい愛情と信頼を絶望の淵で知り、当たり前に動く手足の有り難さを実感し、リハビリによって健康を回復する過程で得られる生きる喜びの世界を得ることができた。「いまだに身体は完全ではないが、それでも失ったものと得たものを比較すれば、通常では得難い人生の宝を手にしている」と腰塚氏は語る。
  まさに「命の授業」との形容がピタッとする講演で、会場はまさに腰塚教室のようであった。昨年の東日本大震災によって、私たちの暮らしの中でいつ何が起こっても不思議ではないことを思い知らされた。突然に襲いかかる人生の困難や苦難に対して、愛する人、大切な人に支えられていることに気づくとき、生きる力がわきあがり、あきらめない心がつくられていく。腰塚氏はこうした困難を乗り越え生きる力を与える人のことを「ドリームメーカー」と呼んでいる。
  腰塚氏は多くの人たちがよりよい人生を生きるために、「誰もが大切な人を支えるドリームメーカーになってもらいたい」との夢に向かって東奔西走しておられる。


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■スタッフの独り言 
 腰塚氏の「ドリームメーカー」の定義は、「自分の可能性を信じ、夢を実現しようとする人、誰かの夢を知り応援しようとする人、誰かのありのままの存在を認め、思いやり、寄り添って生きる人のこと」であるという。この話を聞いたとき、トリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香選手がエキジビションで流した音楽と歌詞を想い出した。「YOU RAISE ME UP」(あなたが支えてくれるから)という歌詞は心に響く。 http://www.youtube.com/watch?v=y_74NLQG9tw