【第109期講座】2013年04月-2013年09月

マツダミヒロの講座リポート


■質問家・マツダミヒロ
毎日2万人が購読するメルマガ「魔法の質問」を配信しているマツダミヒロ氏は、名刺にその肩書きを「質問家」としている。
「上質な質問こそが、上質な人生をつくりだす」という信念のもとで、毎日、毎日、よりよい人生、より豊かな人間性を醸すための質問を発信している。マツダ氏の発する質問に答えようとする多くの人たちは、自分自身の内面に起こるさまざまな思いが整理されて、本来の自己との出会いがあるという。
これこそが質問家・マツダミヒロ氏の「魔法の質問」の真骨頂であり、押し付けではない、自らの主体的な新しい発見やひらめき、より高いレベルへのシフトチェンジを引き出す秘訣でもある。
本講座においても、聴衆はマツダ氏からの質問に答え、隣同士で答えをシェアするという体験をした。その体験は聴講生の個々人に多くの気づきをもたらし、質問に答えシェアすることの素晴らしさを体感できたようであった。

(魔法の質問の公式HP)http://www.shitsumon.jp/

■なぜ、「魔法の質問」なのか?

◆本講座における魔法の質問(1)
「最初の質問です。この講演会が終わったとき、あなたはどんな状態になっていたら、
今日は来て良かったと思いますか?」

講演が始まってすぐに、この講演会が終わったときに自分自身がどのような状態になっているのが良いかについての質問があり、その答えを書き出し、隣の人とシェアするというペアワークを行った。積極的に参加してもらえるかどうか多少不安もあったが、会場は一気にお互いの思いを伝え合うことで熱気に包まれた。初対面のペアも、よく知りあっている人のペアも、それぞれに自分の言葉で思いを伝え合うという体験は刺激的でしかも新鮮だったようである。
聴講生が講演会に参加する目的、ゴールのイメージをもっていれば、無意味な講演会になろうはずもなく、各自が目指す意味深い講演会をそれぞれに創り出すことができるはずだ。このようなワークを最初に行えば、この世の中につまらない講演会などなくなるのかもしれない。主体的で積極的な姿勢を持つことによって、どのようなことからでも人生を豊かにする大切な気づきが得られるのであり、そこに気づきをもたらすからこそ「魔法の質問」と呼ばれる理由(わけ)があるのだろう。

マツダ氏によれば、質問に答えるときの原則として三つの基本を示している。

①答えは全部正解
学校のテストのようにあらかじめ一つの正解があるものではない。
個々人がそれぞれに感じて、考えて、しぼり出す答えこそが正解である。

②答えは出なくても正解
答えが出ないことそれ自体も気づきであり、答えが出ないことを知るだけで意味がある。どこまでも自分自身に問いかけて、探し続けることが大切である。

③答えをお互いにシェアするときに、「そうだよね」と肯定的に受け止める
相手の答えを否定しないで、「そういう視点もある」と受け止める。
これにより自己の枠に気づき、新しい自己に出合うことができる。

日本人の精神性であるかどうか、その場の空気を読むことに一生懸命になり、それが行き過ぎることがある。ときに人からの質問や意見を求められると、相手が望む答えを探してしまうという問題があり、自分の意見を出すことができないといった経験を誰しもがしているのではないだろうか。これは自分自身の答えではなく、相手への気遣いであったり、あるいは場の空気を乱したくないという力動によって不本意な答えになってしまう。
私の中にある答えを貴重に思うことができなければ、どうして自分の人生を豊かにすることができるだろうか。
マツダ氏の考える質問と答えの関係性の中に、真の自己と向き合うための原理原則があり、多くの人がマツダ氏の質問に答えていく過程で自己変革が起こるというのも納得のできることである。まさに「魔法の」という形容にふさわしいものだと思う。

■教育の本質―おしえる、ひきだす

◆本講座における魔法の質問(2)
「ペアワークです。お互いの目に見えない共通点を2分間でたくさん挙げてください」

この質問で会場内は大いに盛り上がった。
お互いの目に見えない共通点を探すためには、目の前の持ち物や洋服などではなく、趣味や関心という内面にふれるような質問をお互いに発しなければならない。わずかな時間に一生懸命に共通の内容を探すということで、一気に心の距離が近づくという経験ができる。
お互いの違いを探すとなれば、親密度を上げることはなかなか難しいが、お互いの関心や精神性で共通するものを見つけることで親近感を感じることができるようになる。マツダ氏はこれを「類似性の法則」として解説をしている。
2分間という短い時間に、最高で48項目を探し当てた人がいるというのもすごい。嫌いな人がいたら、共通する何かを探そうと質問をし続ければ、きっと何らかの親近感がわいてきて、その人をそれほど嫌わないようになるかもしれない。
これもまた嫌いな人を好きになるという「魔法の質問」ではないだろうか。

マツダ氏は、学校教育の現場にも「魔法の質問」を取り入れている。たくさんの子どもたちに質問し、子どもたちが積極的になり、主体的にものごとに取り組む姿を目の当たりにしているという。
教育における「教える」は「押し入れる」に由来するとも言われるが、知識を押し入れる教育の限界があるのは明らかである。子どもたちが自ら関心を高め、自ら学んでゆくことができるようにするのが教育の本来であるに違いない。「エデュケーション=引き出す」ことが教育の本質であるなら、教えるよりも、子どもたちに上質な質問を投げかけることで、気づきを起こし、自ら積極的に学ぶことができる環境をつくるのはとても重要ではないかと。
マツダ氏は学校の教師とタイアップして、こうした挑戦を全国で展開しようとしている。ある高校の先生は、マツダ氏のセミナーに参加して衝撃を受けたという。「何も教えられていないのに、子どもたちが積極的に人の話を聴くようになり、将来について見えるようになっていく」と、質問の力の凄さを語っていたとのこと。

「魔法の質問=自分で自分の答えを見つけることの大切さを体験する」

マツダ:もし何でも叶うとしたら、何を叶えたいですか?
生徒A:悪魔になりたいっす!

マツダ:そうなの、それで悪魔になって何がしたいの?
生徒A:うーん、・・・思い通りの世界をつくりたい・・・かな

マツダ:思い通りの世界っていうのは?
生徒A:平等っす!!

マツダ:それはすごい。
     どのようにすれば、平等な世の中にできるのだろう?

魔法の質問はこれ以降も続いていく。
最初の「悪魔になりたい」という答えに動じることなく、次々と質問が飛んでいくところが印象的だ。常識的には「悪魔になりたい」という答えを否定したくなるところだが、原則通りに「自分が出した答えはすべて正解」というところから、「悪魔になって何がしたいのか」とより本質に迫っていく。私たちがイメージする「悪魔」と生徒A君がイメージする「悪魔」は違うものであり、本心から求めている心の声を「魔法の質問」は見事に浮き彫りにし、引き出している。
生徒A君は、マツダ氏とのやり取りの後に一言、「質問って、いいっすね!」と笑顔で語ったという。

「自ら答えを出すことで、実際的に身につくものであり、挑戦してみたくなるものだ」というのが、マツダ氏の体感する質問の効用である。

◆本講座における魔法の質問(3)
「何でも叶うとしたら、何を叶えたいですか?」

この質問では、できるだけたくさんリストアップすることが大切。そしてリストアップできたら、この中で最も実現したいものに◎印をつけ、さらに「どうすれば実現できるのか?」についてペアで話し合うというワークを行った。

■質問の仕方
Why(なぜ)という質問はものごとの本質を探究するためには重要である。「なぜ、何のために?」という質問はものごとの本質が浮き彫りにされる哲学的な問いである。
しかし暮らしの中で「なぜ遅刻したの?」とか「なぜこれができないの?」という場合の「なぜ」という質問は、その人の事情や言い訳だけが出てくることになり、積極的な問題解決にはならないとマツダ氏は指摘する。
積極的な行動に結びつけ、問題解決をするには、「どのようにしたら、これができるようになるか」というHow(どのように)という質問の仕方が有効であるという。新しい発想やアイデアは、ゴールに向ってどうすれば良いかを問うことによってもたらされるのであり、目的が明確であることと、その方法論を導き出すことが大切となる。

そしてまた、その人の出した答えが正解であるという立場から答えを受けとめ、さらに答えの先を見つけてあげられるような質問を展開することであるという。

マツダ:何でも叶うとしたら?
生徒B:ドラえもんが欲しい。

マツダ:ドラえもんが手に入ったら?
生徒B:どこでもドアを出してもらう。

マツダ:それはどうして?
生徒B:いつでもどこでも行きたいから。

この生徒Bさんは、ドラえもんそのものが欲しいのではなく、「いつでもどこでも行けるようになりたい」ということを実現したいと願っていることが導き出される。私たちが「ドラえもんが欲しい」と聞くと、「現実的ではないね」と否定的になるかもしれないが、「魔法の質問」では、ドラえもんによって何を実現したいかというより本質的な心の内側を知ることができるということだ。
質問の仕方がわかり、達人になると「魔法」のレベルまでいくことができる。そこには根本的に人間の可能性を信じる人間愛があり、豊かで幸福な人生を誰もが歩むことができるという真実をもって、実際に行動することができ、夢を実現するという人間の素晴らしさが背景にあるのではないかと思う。
マツダ氏のこうした人間性の基本があるからこそ、多くの人は「魔法の質問」に魅了されるのだろう。本当に素晴らしいことだ。

■ご縁を深めることが、ご縁を広げている
マツダ氏の「魔法の質問」が全国、そして海外へと広がっているのは、マツダ氏自身が驚いていることであり、その背景にあるのは「ご縁を大切に」することであると述懐する。
マツダ氏は一時期、人脈を広げるためにさまざまな異業種交流に参加し、たくさんの名刺交換をしていたという。しかしいろいろな人とのご縁があっても、なかなか広がらなかった。どれだけ人と逢っても、それが出会いになることが難しいとあらためて感じていたという。
しかし、こうして海外にも「魔法の質問」が広がっていくという背景を眺めてみると、武沢信行氏の「がんばれ!社長」というメルマガとの出合いであったことに気づいた。悩んでいたときに出合った武沢氏から、さまざまに学ぶ機会を得て、その勉強会を地元から始めたことから、真のご縁を結ぶことができたという。
そして武沢氏とのご縁を深めることによって、そこからさまざまな人たちとのご縁が広がっていったとのこと。
ご縁を広げようと思えば、大切な人との出会い、そのご縁を大切に深めることこそが大切なのであるとの指摘は「うーん!」と唸るばかりであった。まさに人との出会いとつながりは、信頼と信用によるものであるが故に、深い信頼と信頼がなければ真のご縁は結ばれない。これは真実の話であると声を大にして伝えたいことである。

■「むすび」にかえて
「良い質問は人生を高める」
これは古今東西に共通する真理ではないかと思う。「何を大切にしているのか」という、普段は意識していないことでも、これを質問されたとき、私という人間の生きる価値そのものに迫る答えが導き出される。すぐに答えがでなくとも、自分自身の内面への旅が始まるという感じがある。
ここにはひとつの正解があるのではなく、個々人の人生観と価値観によって表現されるべきものであり、それぞれを貴重に思うことが大切なのだという、そのマツダ氏の指摘にはしびれるばかりである。
質問時間のときに、「返答に困った質問はありましたか?」と聞かれたマツダ氏は、「その人の答えが正解であるとの基本があるので、質問をして私が答えを期待するということはありません。だから返答に困るという質問はないですね(笑)」と答えていた。すべての答えが正解であり、答えられなくともOKであるという姿勢は一貫して変わらない。
その答えにK女史から「奥様が幸せそうな表情をした質問はありますか?」と質問されたとき、少々困惑した表情を浮かべてから、「何でもいろいろと質問される(笑)のですが、基本的には質問に囚われないというスタンスではありますね・・・」と言いつつ、瞬間的に内面の旅をしたようだった。
そして奥様や家族に対する向き合い方として、「私は出張が多いので、玄関を出る時に、これが最後の別れであるかもしれないと思う。もしこれが最後であっても悔いのないように接したい。そういう妻と家族に関わり方をしているとき、幸せで嬉しいのではないかと思いますね」と真実味あふれる言葉を発しておられた。

マツダ氏の「上質な質問は人生を高める」という言葉を今一度かみしめながら、大切な人とのご縁を深めつつ、本来の自己に出合うことを求めたいものである。