【第108期講座】2012年10月-2013年03月

小林 りんの講座リポート


■はじめに
 2014年4月開校予定のインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢は、日本初の全寮制インターナショナルスクールである。
 小林りん氏は、その設立準備財団の代表理事として東奔西走しながら、「世界に通用するリーダーを育てる」という志にまっすぐに突き進んでいる。子どもたちの無限の可能性と未来をつくるためには、受けられる教育の選択の幅を広げ、多様な機会があるべきだという信念をもつ小林氏は、「教育の分野にもっと選択肢が増えれば、それだけ子どもたちの可能性を開くことができる」と語る。
 小林氏のこのような思いは、日本で公立高校に通っている頃に湧き上がった素朴な疑問がその根源にあるという。それは大学に進学するための受験勉強に集中することへの疑問であり、得意分野を伸ばすという教育体制になっていないことの違和感であった。
 そこで小林氏は高校を中退し、カナダの全寮制のインターナショナルスクールに留学する。各国から集まっている学生たちとの交流によって、異文化にふれ、各国の教育事情やその厳しい現実を知り、教育の機会の不平等があることにショックを受けたという。
 大学院を卒業してユニセフの職員としてフィリピンのストリートチルドレンの教育に携わり、さらに教育の機会を広げるためには社会の仕組みを変えるリーダーが必要であると痛烈に感じた。それで小林氏は「世界に通用するリーダーを育てる」ための学校を創ろうと決心をした。

■教育の機会の多様性
 小林氏がユニセフを退職して日本に帰国し、学校を立ち上げようとした2008年は世界をリーマンショックという経済危機が襲い、それでまでの学校を設立するための出資の話はすべて消えてしまったという。
 しかしインターナショナルスクールへの思いは強く、「小さく始めて大きく育てる」ことにして、この学校が何を目指しているのかを具体的に示すための小規模なサマースクールを開校した。このサマースクールの反響は大きく、参加した子どもたちの劇的な変化を目の当たりにした親たちが設立に賛同するようになり、積極的に活動にも参加してもらえるようになった。
ここから「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢」の設立に向けて加速することになる。小林氏は「最初から巨額な資金をもって始めるよりは、少しずつ賛同者を増やしてゆくやり方にして良かった」と語り、賛同者が自分たちの学校であるという意識が高まったのも良かったと振り返っている。
小林氏にとって「教育の機会」を広げ、選択肢を増やすことが大切なポイントであるという。日本には今までになかった全寮制のインターナショナルスクールが誕生するのも、受けたい教育の選択が増えることであるし、さまざまな国々からやってくる学生たちの交流によって異文化にふれ、かつ世界を視野にいれたリーダーを育てるという意義がある。

■ISAK(International School of Asia Karuizawa)の挑戦
 「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢」(以下ISAK)が大切にしている三つの力があるという。

1.多様性
   国籍や家族の経済状況、強みや個性の異なる生徒が集い、寝食を共にする

2.問題設定能力
   問題を解く能力に加え、「何が解かれる問題か」を発見できる力を養う

3.リスクを取ることを恐れない
   生徒主導の寮生活の運営やアウトドア活動を通じ、
   生徒自身が判断する経験の場を提供する

 この学校の生徒たちが国家や民族の文化や考え方の違いにふれて、多様性を受け容れながら、お互いに良きコミュニケーションをとることができる機会が与えられるのはとても素晴らしいことである。お互いの違いを認め合うところからコミュニケーション能力を高めてゆけるのは、グローバル時代において求められている資質のひとつであろう。
 小林氏は「高校生くらいの年齢になれば、ある程度の自我が確立しており、異文化に触れた時に、自国の文化を前提にしてお互いの違いを理解することができる」として、「ISAK」は小学校ではなく高校でなければならないとしているのも興味深いことである。インターナショナルスクールであるからこそ、それぞれの自国の文化を愛し、誇りに思い、その文化と伝統を重んじることは当然であると小林氏は力強く語る。留学生であればこそしっかりと母国語を習得し、自国の文化と伝統を誇りとする教育があってこそ、世界に通用するリーダーとなりうるとする教育の方針は素晴らしい。
 これは小林氏がカナダのインターナショナルスクールで経験したことであり、国際バカロレア資格を取得する際に痛感したことでもあるという。

■むすびにかえて
 小林氏が「ISAK」の設立を軽井沢にしたのは、その豊かな自然にあるという。特に冬に積もる雪の風景は、雪の降らないアジア地域の子どもたちには新鮮な体験であり、日本の山紫水明麗しい自然との触れ合いは刺激的である。
 小学唱歌「ふるさと」は日本人の誰もが心に染みる原風景が歌われているが、この歌を作詞した高野辰之は信濃出身であり、軽井沢という土地で世界各国から子どもたちが学びに集うというのもふさわしいかもしれない。
 小林氏になぜ軽井沢にしたのかを聞いてみると、「実は那須も候補地のひとつでした。しかし軽井沢の方が地域の人たちや行政の受け入れに熱心だった」という答えが返ってきた。地域の人たちとのコミュニケーションは欠かせないものである。特に海外から子どもたちを受け入れるのだから、地域の人たちの協力や支援は何よりの力となる。

子どもたちは「未来の資産」である。大人たちがもっと真剣に教育について考え、子どもたちの未来とその可能性をひらくことができるように、日本の教育のよき原点を振り返りつつ、新しい教育のあり方に意識を向けるべきではないかと思う。
小林氏の「ISAK」への挑戦が、教育の世界に新しい可能性を示すことによって、日本から世界にリーダーをたくさん輩出できる突破口となるように期待したい。

 「ISAK」の開校は2014年4月である。