【第105期講座】2011年04月-2011年09月

高野 登の講座リポート


■ホスピタリティ精神の源流とは?
高野登氏は前回登壇の際にはリッツカールトン日本支社長であったが、現在は人とホスピタリティ研究所の代表となり、業種業態を超えてホスピタリティの伝道師として日本全国を東奔西走しておられる。
高野氏はホテル業界から離れてみたとき、あらためて日本の個人や組織にホスピタリティ精神が求められていることに気づいたという。特に3.11という東日本大震災が起こってからは、さまざまなNPOやボランティア活動に対して組織を超えて支援し、それぞれの役割と特徴を活かすコーディネートをしながら、具体的な復興支援をしておられるとのこと。そうした活動の中で日本人が本来大切にしてきた「おもてなしの心」が蘇り、再発見する場面に多くふれることが多かったのが印象深いと語っておられた。
とんでもない地震と津波がもたらした災害の前になすすべがなかったが、哀しみを超えて立ち上がる人たち、それを支援する人たちには「おもてなしの心」が自然と呼び覚まされ、明日に向かって顔を上げていくことになる。癒されることのない深い心の傷があったとしても、お互いに温かい心遣いを持ち寄りながら笑顔を交し合う姿に心うたれるばかりである。

ところで「おもてなし」や「もてなし」の原点といえば、聖徳太子の「和を以て貴しと為す」にあると高野氏は指摘する。それが日本人の基本的な立ち位置であり、聖徳太子が和することが貴いことであると高めてくださったのだと。つまり「何を以て、何を為すのか」が「もてなし」の本質であり、私たちが拠って立つ位置が決定するということである。

■サービスを超えたホスピタリティ
素晴らしいサービスはお客様に満足を与える。そのサービスを突きつめていけばお客様は大満足をするが、感動するところまでにはならない。
高野氏によれば、サービスとは提供する側の約束事であり、提供する企業がすべて決めることであるという。つまりサービスとは、お客様が満足をくださるであろうと提供されるものである。その延長線上でサービスを突きつめていくと、お客様は大満足をされるかもしれないが、ファンになってリピーターになってもらえるとは限らない。サービスの延長線上には満足はあっても感動はないという高野氏の指摘は心に響く。サービスを超えたところに感動があり、そこにホスピタリティがあるのだと。その感動とは心が感じて動くことであり、それは頭の中で起きるのではなく、身体と意識が実感的に変わっていくことであるという。

サービスとホスピタリティの違いについて高野氏は、「ホテルでハサミを要望したとき、ハサミを準備するのがサービスで、切っ先を手前にして手渡すのがホスピタリティです」と分かりやすい例をあげておられた。サービスは100人にすることができるが、ホスピタリティは一人ひとりに対応して、その場にふさわしい対応をすることが求められている。

高野氏によれば、ホスピタリティの定義を「相手の心に、自分の気持ちを添えて対話する」ことであるとしている。まさに一人ひとりに対して、何を以て何を為すことができるかという「もてなし」の心がホスピタリティの本質となっている。
サービスと次元を異にするホスピタリティの世界は、人間の愛と信頼をもって根底を為すものであり、人間の根源的な喜びと感動の世界を創造するものである。サービスを追及すれば限界にぶつかるが、ホスピタリティは智恵と工夫によって一人ひとりに無限に対応することができる。それを高野氏はサービスの進歩から脱却し、「進化」することであると強調する。現実世界を見つめるとき、その風景をいろいろな視点から感じて、新しい景色として見つめる感性が大切であるという。それこそが「感性のエンジン」を磨くことであり、新しい価値創造に向けての進化であると位置づけているようだ。

■目の前の景色が変わる感性力
そこで高野氏が例題としてあげたのが「口紅」であった。まず口紅をつくる工場では原材料が集められる。それは製造工程を経て口紅が製造される。さらに工場から出荷され、口紅は店頭に並べられ、そして消費者が買い求めていく。高野氏はそれぞれの過程に関わる人たちが口紅をどう見ているのかを指摘する。まず、工場では原材料から製品となる。そこで働く人たちは製造工程によってつくられる「製品」という認識であり、それが出荷されて店頭に並ぶときそれは「商品」となる。そして消費者が口紅を手にして買い求めるとき、それは「夢」や「物語」になるのだという。工場では原材料や製品と称されるものが、消費者にとっては「これで美しくなるだろう」という夢を買っているのだという指摘は大変興味深い。
「それぞれの立ち位置によって目の前の景色が変わるのです」と語る高野氏の視点は、私たちが何をみて何を感じるかという大切な見方考え方を示唆している。

■パラダイムシフトとはリ・フレーミングそのもの
高野氏は同じ風景を見ても、その見え方を変える感性の重要性を強調している。同じ風景を見ていても、景色を変えて見ようとする感性が大切なことであり、フレームを変えることである。
たとえば、駅前を歩いていて「ここに自転車を置かないでください」という看板があるにもかかわらず放置自転車がたくさんある。これをなんとか解消するためにどのような看板を立てれば良いだろうかとリッツカールトンのスタッフと議論することがあったという。そのときにリッツカールトンのスタッフは「ここに自転車を置いてください」というのはどうかと提案したらしい。つまり「アフリカに自転車を送ってあげたいので、どうかここに自転車を置いてください」と看板に書けば、ここに自転車を置く人はアフリカに自転車をプレゼントするという意思があるとみなされ、翌日にはトラックで運ぶことに同意することになる。こうしたとき果たしてここに何人の人が自転車を放置するだろうかと議論をしたそうである。これを実行するかどうかは別にして、放置自転車があるという風景を違った景色に見ることができるかというトレーニングであるらしい。

またリッツカールトンの実際のトレーニングでは、「お客様に美味しいものを提供するとすれば?」という問いにどれだけの答えを出せるかというものがあるとのこと。そこで旬の食べ物がどれだけ頭に思い浮かべられるかで、その人の感性がトレーニングされるという。次に「お客様に美味しくものを提供するとすれば?」という問いに変えてまた議論する。すると美味しいものだけではなく、テーブルクロスや音楽など料理だけではないところに意識が向かうようになる。美味しいものを美味しく提供するとなれば、意識がまた大きく変わっていることに気づく。

あるいは、リーダーが「幸せになるために」と仕事について考える。幸せになる仕事とはどういうものかについて一生懸命考えるとき、いろいろな仕事の仕方、取り組み方が見えてくるであろう。次に「幸せにする仕事」としたとき、まったく景色が変わったものとして見えてくるのではないだろうか。どうすれば会社のスタッフやお客様に「幸せにする」ことができるかどうかを考えると、同じ仕事をするにしてもまったく違った風景が見えてくるのではないか。このような指摘は、言われてみなければ意識することなく通り過ぎてしまうかもしれない。

高野氏は、同じ風景を違った景色で見るという感性のスイッチを入れることが大切なのだと強調されていた。

■感性のエンジンが大きくなると「ユニークさ」や「独自性」が生まれる
サービスを追及すると競合しガチンコで戦わなければならなくなる。したがって高野氏は、競合しないでぶつからずに「ユニークさ」で勝負することが大切であると指摘する。
そうなれば重心が低くなり、競合他社がどうであろうともうろたえることなく、堂々と自身の道を歩み続けることができる。重心が高いと環境の変化に振り回され、右往左往して混乱してしまう。
高野氏の「人間として成長すると重力がつく」という言葉は名言である。しっかりと地に足をつけて「何を以て何を為すべきか」が明確になっていくことが「重力がつく」という表現になっているのだろう。

そして「あの~さん」がブランドづくりのポイントであるとの指摘も印象的だ。
つまり「あのホテルはすごい」、「あの本を書いたあの人」、「あのお茶を入れてくれる~さん」など、「あの」に込められた独自の価値観がブランドとなるという。たしかに心に刻まれた出来事、物語は「あの何々」と表現されることになり、それは気になって仕方がないものだ。

こうした感性のエンジンが動き出すと、そこには人には見えない景色が見えるようになり、その人自身が独自に追及する価値観の世界が生まれる。その価値観に触れた人は「あの何々」と口にするようになる。

■むすびにかえて
そこには「何々を以て、何々を為す」という価値観が創造され、その人でなければ為すことができないものが生まれる。それがまた心に添えられて伝えられるとき、大きな感動となって人の心に刻まれるようになる。これこそがホスピタリティの感動ではないだろうか。

ホスピタリティ精神とは「相手の心に、自分の気持ちを添えて対話する」ことであり、相手の気持ちを慮るためには極め細やかな感性が求められる。高野氏はその実践の第一として、ファストフードのお店で食事をしたときに一言「ごちそうさま」と添えることと主張しておられた。
「ごちそうさま」とは「ご馳走さま」のことであり、目の前の食事のためにどれだけ努力があったのかを慮り、感謝の気持ちを言葉にすることがホスピタリティ精神の芽生えであるという。たしかに当たり前を当たり前と思わず、ありがたいと感謝するとき、「相手の心に、自分の気持ちを添える」ことができるのではないだろうか。

高野氏はホスピタリティ精神が日本と世界を変えると信じておられる。それは日本の独自の文化としての「おもてなしの心」が源流としてあり、サービスの限界を超えたところに感動というホスピタリティによってもたらされる素晴らしい世界があるからだ。

私たちは今一度、日本人のおもてなしの心に立ち返り、ホスピタリティ精神による心の絆が生まれる瞬間の感動を、人間の根本的な喜びと幸せにしたいものである。