【第95期講座】2006年01月-2006年06月

大野 勝彦の講座リポート



■はじめに
大野勝彦氏は、農家(ハウス園芸)を営むなか、1989年に両手を機械に巻き込まれ切断しなければならなかった。そして入院3日目より、両手を失いながらも生きたいと強い想いを詩に託し、書画を描きはじめる。その後、次々と詩画集を出版し、個展を開催し、全国各地で講演活動を展開してこられた。2003年には念願の美術館「風の丘 阿蘇大野勝彦美術館」を開館し、永年の夢を叶えたとのこと。
両手を失うことで、新しい世界を見ることができたと力強く語る大野氏の言葉は、多くの人の心に清水のように染み渡っていくようだった。
■両手を失って得た「やさしさ」
大野氏は45歳のときトラクターに手を巻き込まれてしまった。両手を失ってみて、それまで手がついているのも知らなかったほど、意識していなかったことに気づいたという。まるで「もう手を返しなさい」と言われたような気がしてならなかったと語っている。

大野氏によれば、入院した際に医者が「骨髄にまで菌が入ってしまっているため、やがては心臓がだめになるだろう。もって一週間」という話をしているのが聞こえてきて、覚悟を決めたという。それで一番悔いが残っていたのは、両親への恩返しができていないことで、とにかく「ありがとう」を伝えなければならないと思った。特に「トラクターに手が巻き込まれたとき、すぐに助けてくれれば両手を失うことはなかった」と母親に恨み言を言ったことが悔やまれてならなかったという。

大野氏はやり直しができるとすれば、トラクターに手を巻き込まれることではなく、恨み言を母親に言ってしまったことだと語る。母親の涙と悲しそうな後ろ姿を思い起こすたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。両手がないから、母親がご飯を食べさせてくれたのだが、思えば45歳の子どもに母親がご飯を食べさせるというのはなんと辛いことかと思えてきて涙が流れた。これからの人生があるとすれば、大切な両親、妻や子が「ニコッ」と微笑むことができるようにすることだと決意を固めた。

両手がある頃は人の世話にならないと思っていたが、手を失うとたくさんの人の世話にならなければ生きていけない。手を失って人のお世話に対し素直に「ありがとう」と言えるようになり、やさしさをいただいたように思うとのことだった。病棟では末期ガンのおばあさんや自分よりも大変な人たちが病室を訪れ、「私にできることがあれば言ってくださいね」と声をかけてくれる。子どもたちは病室の前で涙を拭き、笑顔でやさしく語りかけてくれた。そういう周囲の人たちの姿をみて、「やさしさとは相手のことを思って気づいているところから生まれる」と痛感したという。
手を切って本当に良かった。今まで見えなかったものが確かに見えるようになった。出会いの喜びと感動が大きくなった。手を切らなければ得ることができなかったものばかりである。大野氏は本当に笑顔で「手を切ってよかった」と思っているようだ。

両手を切断して、三日目から筆をとり書画をはじめた。大野氏は「なんと上手なことか」と自分で感動して、どんどん書を書き、絵を描いたという。病棟でも話題となり、たくさんの人が大野氏の書画をみては感動したため、色紙を求められるようになり、似顔絵もたくさん描いたとのことである。そういう中から、人の長所を見てゆこう、良いところをみつめてみようと思うようになっていったという。

両手を失うことで、家族の笑顔をみることの喜びを知り、思いやりとやさしさをもって笑顔になってもらうことが生き甲斐になったと大野氏は語る。すべては両手を切断することから始まったということである。

■夢は叶う、思い強ければ
大野氏の手の骨は火葬され、埋葬されている。その骨をみて大野氏は「これからは中途半端に生きることは許されない」と固く誓ったという。手がなくなって初めて手を合わせたと語る大野氏の思いは深い。
大野氏が両手の葬式をおこなったとき、大野夫人は「主人は手を切ったことで、二度生きたと思う」と挨拶をされたという。そこで大野氏はなんとしても阿蘇の地に美術館をつくると宣言した。これまでの作品を展示し、この美術館を訪れる人に阿蘇の美しい自然と大野氏の思いを感じてもらいたいという夢が語られたのである。

大野氏のその強い思いをもって2003年に「風の丘 阿蘇大野勝彦美術館」を開館することができ、永年の夢を叶えることができたのは素晴らしいことである。最後に「夢は叶う、思い強ければ」と揮毫され、思いが強ければ必ず夢は叶うと力強く主張しておられた。

何かを「失う」とき、必ず何かを「得る」のではないだろうか。大きなものを失ったときには、それ以上の大きなものを得る機会が与えられたと思い、全体を見廻すべきであるとあらためて大野氏の生き方から感じることができた。そして「夢」もまた単に自己満足で終わるものではなく、誰かにつながり、より多くの人たちが喜ぶことができるものであればあるほど、あきらめることなく強い思いを抱き続けることができる。その強い思いが夢を実現する原動力となるのではないかと思う。



本リポートはTCC会員様の特典となっておりますので、転送・配布等はご遠慮ください。

2006年7月12日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ

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 【質疑応答】

■Q:いま「夢は叶うもの 思い強ければ」と力強く揮毫していただきました。
    この思いを強くもち続けるというのは、なかなか大変なものだと思いますが?
    その原動力は何でしょうか?
大野:人に喜んでもらうことですね。人がニコッとされるとですね、それが一番の自分のバネになっていますね。喜んでいただければ、何でもできるのかなと感じます。(笑)
実は、私の母親が85歳になりました。そのことを心にいっぱい思いながらですね、この夢の続きをやっていきたいと思います。家に帰って「ただいま」と言うと母親がニコッとしてくれまして、これがあと何回あるのかなと感慨深いです。これまで母親の「帰ったかい?」という言葉は今までは単純に聞こえてきたのですが、いまの「帰ったかい」は自分のそばに帰ったかいと、そういう思いでいっぱいになりましてね。母親の笑顔をみると夢というのはそんなものかなと素直に思います。「おかげさま」というのは素直に感じられないといけないかなと思います。

■Q:朝起きるとき、また夜寝る前にどんなことを思いますか?
大野:そうですね(笑)朝は、今日はどんなひとに会えるのだろうと思います。夜はこれ(義手)を外して寝るんです。義手はこんなものです。外すとホッとして気持ちがいいのですが、今日も世話になったね、ありがたいなと。これが一番の私の根っこかなと思います。手があったときはこんなこと思ったこともなかったのに。どんなに笑っていても、根っこは「ありがたいな」というのが自分の気持ちにあるのが、私のニコニコの原動力かなと思います。

■Q:心の切り替えをどのようにしておられるのでしょう?
大野:私が楽しく生きていること。お父さん手がなかったけれど、楽しそうだったねというのが伝わればよいと思います。別段、偉いことも考えていません。「最後まで楽しくいくぞ」というのがモットーですね。(笑)。


■Q:ご自身の使命は何だと思いますか?
大野:以前は自分のことで精一杯だったんですが、今は人に喜んでいただければ非常に嬉しいのです。逢ってよかったなと思っていただければなによりです。自分のことだけを考えるのではなく、他の人に喜んでいただければと思っていますので・・・そういうところで悩んでいないというのが、切り替える必要がないというのが本音です。(笑)これでいいのかなというくらい毎日が嬉しいですね。毎日、ごほうびかなというふうに思っています。(笑)よく人は「心ではわかっていてもなかなかできない」といいますが、そういう言い訳をやめたい。それはわかっていないんです。私も昔は理屈を通していましたが、それはなしです。生きていることをごほうびと思えば、ありがたいものです。


■Q:子どもがケガさせられたのですが、被害者の親としての感情をどのようにおさめたらよいのでしょうか?
大野:おきたことは全部、決まりごと。私の事故が一番よかったのは、加害者がなかったということです。自分が加害者です。恨みを言ってみても元にもどりますか?だから全部受けていこうと思いました。これは決まりごとだから。周囲の人は、同情や心配するよりも笑顔で見守っていてくださいませんかとお願いしたいです。大変ねという心配事ではなくて、笑顔でこれから前にいくぞというふうになってもらいたいですね。そうなればいいことがいっぱいあると思いますね。ケガのおかげとか何かで、その分野を一生懸命に喜んだほうがよいと思いますね。あったことは仕方がない、それは受けていこうと。
加害者は被害者に対する思いはいっぱいあるでしょうから、当の本人は忘れていきたいですね。特に周囲の人は笑顔でいきたいですね。それが最高だろうと思うんですね。



■Q:「笑顔を大切に」ですか?
大野:笑顔の人をみるとすごいなと思います。逆に笑顔でない人をみると「たいしたことないな、俺の昔とそっくりだ」と思ってしまいます。いろいろとあっても笑顔でいられるというのはすごいです。それがお父さんやお母さんの子どもに対する大切なメッセージかなと思います。その笑顔がいつかは加害者に対するメッセージになってもらえると嬉しいですね。叩かれたのに叩いても、たぶん仕返しされたで終わりですものね。そんな気がします。

■Q:ケガをする前と後の座右の銘を
大野:事故の前は「負けてたまるか!」。(笑)いい意味でとらえるとこの言葉は大変好きなのですが、ケガをして私は優しくなったと思いますね。人の話を聴くことができるようになったと思います。今は、「夢は叶う、思い強ければ」です。やらないうちからあきらめないで、もっと前をみていくぞーという。美術館ができてもなお、自分に言い聞かせていますね。夢は叶うと。もっと素敵なんだと。自分を使いこなしていくぞと。そういう気がします。

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2006年7月12日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ