【第100期講座】2008年09月-2008年12月

松岡 正剛の講座リポート


■はじめに
TCC講座は1968年の第一期から数えて本講座をもって第100期を迎えることとなった。
今回は記念講演として、歴史、哲学、科学、芸術、等々の知識を縦横無尽に繰りながら「日本とは何か」について語り続ける松岡正剛氏にご登壇いただいた。
松岡氏は講演会の冒頭で、日本の「本来」がわからなければ日本の「将来」をみることはできないこと、そして日本の「本来」を知るためには「正当性」(レジティマシー)が問題になると指摘された。その「正当性」を裏づけるものが歴史観であり、民族性であり、国家というものであるのだが、松岡氏はいま日本の「本来」が見失われているところに現在の日本の問題があり、日本人のよりどころが見えなくなっていることが心配であるという

現在、日本で何が起こっているのか?日本の本来の姿とは?これから日本のゆくべき方向は?という問いに対して、まず日本の文化の奥に流れる「おもかげ」と「うつろい」というキーワードから探ってみようという問題提起から松岡氏は語り始めた。

■「おもかげ(面影)」と「うつろい(移ろい)」
松岡氏は日本文化がどのように編集されてきたかを分析すると、その代表的なものに「おもかげ」と「うつろい」があるという。

「おもかげ」は「面影」「俤」と綴り、松岡氏によれば「おもかげとはイメージとも印象とも記憶像ともいえそう」であるという。つまり実体がもはやそこにはなく、私が思うときにそこに現れるというイメージや印象が「おもかげ」ということになるだろうか。

『万葉集』大伴家持が坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った恋歌
「かくばかり 面影にのみ 思ほえば いかにかもせむ 人目しげくて」
(人目がいろいろあってなかなか会えないけれど、面影ではいつも会っていますよ)

松岡氏は、「おもかげ」という思えば心に浮かんでくる人や風景にこそ、日本人の心があり、実体を前にして感じる以上に強く思われる喜怒哀楽があるという。むしろそこに実体が「ない」からこそ、「おもかげ」の中に深い思いが刻まれる。そこに「ない」ものが日本人には「おもかげ」の中にありありと見ることができる。大伴家持も、会えないからこそ恋の思いが強くなり、会えないからこそ「おもかげ」のなかに愛する人への思いが深くなるということであろう。

次に「うつろい」は、「移ろい」であり移行・変化を意味するという。「うつ」とは「写る」「映る」であって、「移ろい」は写し出されたものが移行し変化するという意味になる。

『万葉集』作者未詳
「木の間より うつろふ月の かげを惜しみ 徘徊(たちもとほる)に さ夜ふけにけり」
(木々の間から洩れる月影を見ているうちに小夜がふけた)

松岡氏によれば、「ここで「うつろふ」と言っているのは、月の居所が移っているということで、その移ろいに応じて自分の気分も移っているわけです・・・・すなわち「うつろい」は月にも色にも世にあてはまっていて、ということは万事万象が移ろっていることを表現する言葉だろう」と解説している。

■多様性を帯びた日本文化にみる「おもかげ」と「うつろい」
ところで日本は多様性と複雑性に満ちていることはよく知られている。東国と西国では言葉も表現も習慣も多様であり、歴史的にも天皇と将軍、関白と執権、幕府と藩という体制が長く続き、宗教においても神仏儒道が習合して成り立ってきた。
松岡氏は、このような日本の文化にはデュアル・コンセプトが基本にあると指摘する。対立するかにみえる神道と仏教が神仏習合し、また中国の文化を取り入れながらも和風と並列させて和魂漢才となる。これが明治以降に和魂洋才となってゆくのもまた自然の流れである。松岡氏は「私は日本文化とは『たらこスパゲティ』ではないかと思うのです」と笑顔をもって日本文化の本質をわかりやすく紹介してくださった。イタリアのスパゲティにたらことキザミ海苔、それを箸でいただくというスタイルには、日本の文化そのものであるというわけである。

松岡氏によれば、「二つの相対する文物や表現を・・・情報的に比べ合わせ・・次に競い勝負をつけ、・・・あとでまとめて編集構成するのです。・・・私は、このアワセ・キソイ・ソロエに、さらにカサネ(重ね)という手法を加えて、これをもって日本の情報編集の最重要な方法のひとつ」であると日本文化を分析している。

たらこスパゲティやカレーライスを目の前にする日本人は、そこに日本の「おもかげ」をみているのではないか、だからこそ日本人に人気があるのではないかと講演を聴きながら密かに感じた次第である。歴史の中でうつろう、そのときどきの日本人も相対する二つの文物をアワセ、キソイ、ソロエ、カサネて、より日本の「本来」を追い求めているのではなかろうかと。

日本の日本らしいイメージといえば、たとえば「桜」や「龍田山の紅葉」とか「富士の高嶺」等々があげられる。これらの言葉によって私たちの心に日本の「おもかげ」が印象深く刻まれている。

「花」が無くなってしまっても「おもかげ」は残る。その主(おも)影(かげ)の影を変化させてつなげていくのが「うつろい」である。「花」そのものが無くともイメージとしての影を変化させて、扇子や屏風などに表現してきたのが日本の文化である。「花」そのものが無くても、いや無いからこそ「花」のイメージは千変万化することができる。しかもそこに「花」がさらに深く「写って」「映って」「移って」ゆく。

■「うつろい」と「うつ」による日本的文化の創造
松岡氏によれば「はかない」という言葉の意味について、「はか」とは「はかどる」という言葉があるように物事がうまくいく単位であって、「はなかい」とは物事がうまくいかないことであるという。しかし日本人はこの「はなかい」ことに深い無常の美意識を感じているのは間違いないことである。

華道や茶道にみられるように、余分なものをどんどん削いでゆくといった「引き算」の美がある。花の美しさを表すとき、余分な花をできるだけ削いでゆく。したがって日本人は百万本のバラをすごいとは思っても美しいとは感じない。またいつまでも咲き続ける花を美しいと感じずに、散っていく、枯れてゆくところに「はかない」美を大切にするのである。「うつろい」という無常の中に変わらない「おもかげ」につながる美を求めるのが日本の文化であった。枯山水では、庭園の中で水を感じたいからこそ、水そのものを抜いてしまう。こうした引き算によって、水のない庭に水の「おもかげ」をみるという日本人の美が引き出されてくるとの指摘には感動を覚える。

さらに、松岡氏によれば「うつろい」の「うつ」には、虚とか空という意味があるという。そして、この「うつ」は「うつろい」となり、「うつつ」となる。「うつつ」を漢字にすると「現」(うつつ)である。「うつ」という空から「おもかげ」のイメージがたくさん出てきて、それが「うつつ(現)」となる。華道や茶道、そして枯山水にみられるような引き算は、「うつ」という空によって心のイメージを浮かびたたせる方法であり、そこにこそ日本の文化の真髄があるという。

■江戸時代は日本の方法が実験され、多くの優れた文化が編集された
松岡氏は、約300年にわたる江戸時代とその鎖国によって、日本文化は世界でも類をみない優れたものとなったという。
徳川幕府は鎖国政策を通じて日本国内を中華とみなし、徳川は天皇より征夷大将軍が任ぜられ幕府を開くことで、幕府のレジティマシー(正当性)を立てることとした。中国から離れることにより、日本独自の文化を醸成することができたのである。

詳細については松岡氏の著作を直接に読み解いていただければと思う。

■明治国家と島崎藤村の『夜明け前』
江戸時代の天皇と将軍、幕府と藩という体制は、日本の独自の文化を濃密に編集することができた。

しかし、そこにアメリカから黒船がやってきた。
日本は開国をし、明治維新によって幕藩体制は崩れた。明治新政府は「王政復古」を建前にして、立憲君主議院内閣制をもって西欧列強に対抗することとなった。このときに「和魂洋才」により西洋の学問や科学技術を積極的に取り入れる。ここから日本は欧米に追いつき追い越すことを目指していったのだが、「王政復古」を唱えて神仏分離による廃仏毀釈をしたことは、日本の伝統的方法であるデュアル・コンセプトの破壊をしてしまったのではないか。そこに明治政府のレジティマシー(正当性)はどこにあるのかが問われる場面であった。

明治政府のあり方の危うさについて、松岡氏は島崎藤村の『夜明け前』をあげ、藤村の父親を主人公にした小説の中で、王政復古という明治維新に日本の「おもかげ」を見出せない落胆と哀しみを紹介しておられた。江戸から明治へと変わったけれど、いったい何が変わったのかわからないという藤村の思いが強く表れている。

■内村鑑三の『代表的日本人』と九鬼周三の『いきの構造』
松岡氏が明治の時代に注目している人物のひとりが内村鑑三である。札幌農学校でキリスト教徒となり、アメリカに留学したのだが、アメリカのキリスト教徒があまりに功利主義に走っているようにみえて失望し、日本的キリスト教を目指すことになる。また教師をしているときに、天皇の肖像画に敬礼をしなかったとして不敬罪に問われた。それからの内村は、JAPANの「J」とJesusの「J」という二つの「J」を愛し抜く決意を固め、その著書『代表的日本人』を英語で著わした。そこには代表的日本人として、日蓮、中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、西郷隆盛が紹介されていた。キリスト教徒でありながら、内村自身の精神を育んだ尊敬する日本を代表する「おもかげ」の人々が仏教徒や儒者であるというのは何か心うたれるものがある。

松岡氏は内村鑑三のこうした読み替える能力を高く評価しておられる。ものごとの本質を抽出して、仏教者や儒者の中にキリストの精神を見出すことができるというのはすごいことである。私たちには、内村の純粋に日本とキリストの精神を求めてゆく姿に、日本人の「おもかげ」が見えるだろうか。
その後の内村の活動が大正7年に始まる野口雨情らによる「童謡運動」に大きな影響を与えたという松岡氏の話はとても印象深いものであった。

そしてもう一人、松岡氏が注目する九鬼周三はヨーロッパへと留学した。九鬼周三は、当時の世界の知性を代表するフッサール、ハイデガー、ベルグソンといった思想家に学んだ。しかしヨーロッパの思想では日本と日本文化を読み解くことができないとして帰国する。当時のヨーロッパは対称性や同一性をもって世界をみようとするが、それでは日本の対象性の破れの中にみる「美」といった文化を読み解くことができない。同一化できないものの感覚は日本と日本文化に触れて知ることで初めてわかるものだという。異質性を取り組み、矛盾を取り入れる、無常観を大切にしたいといったことは西洋哲学では読み解くことができない。帰国した九鬼周三は『いきの構造』を著わし、世界に日本文化を問うた。

■「まとめ」にかえて
明治維新以降は国家として、日本の「おもかげ」を見失ってゆくようにみえる。しかし松岡氏が指摘するように、島崎藤村、内村鑑三、九鬼周三などの人々には日本人の「おもかげ」がみえていたのかもしれない。同様に、私たちは歴史の中で「うつろう」ものの中に日本の文化を知らず知らずのうちに「おもかげ」として見ようとしている。
松岡氏が「たらこスパゲティ」こそ日本文化であるとわかりやすく紹介したように、時代や環境の「うつろい」の中にある日本人の「おもかげ」をみているようにも感じる。

いまの日本はどのようなデュアル・コンセプトをもっているのだろうか。いまの日本政府は何をよりどころにしてレジティマシー(正当性)を構築しているのだろうか。
家庭や学校において、どれほど異質なもの、相対するもの、矛盾するものと向き合い、取り入れようとしているのだろう。多様性と複雑性を構成している日本文化の真髄は「引き算」にあることをどれだけ意識しているのだろうか。

松岡氏は語る。「主題よりも方法を!」と。
世界平和、環境問題の解決、民族紛争を終わらせる等々の主題に対して反対する人は少ないけれど、その方法がわからないために結論が出ない。結局お互いの主張がぶつかり合い、主題に賛成している人々がケンカを始める。だからこそ、古来より続いている『日本という方法(メソッド)』が必要なのだと松岡氏は強く主張するのである。




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松岡氏を通じて知らされる内容は、汲めども尽きないものがある。わずかな時間の講演会であったが、日本をもっと知りたいという思いにかられる。
この機会に松岡氏のウェブ上の「千夜千冊の目次」をお気に入りに登録してみてはいかがだろう。松岡氏の目と思想をフィルターにした千冊は知的刺激を受けるにちがいない。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/toc.html