【第103期講座】2010年01月-2010年06月

加来 耕三の講座リポート


 加来耕三氏は、歴史家として多くの著作をあらわし、企業経営者をはじめ行政関係、防衛と安全保障関係の指導者に歴史に学ぶ意義についての講演を精力的にこなしている。
 そしてすべての問題の解決は歴史の中にあると喝破し、真に歴史に学び、歴史を活かすことが大切であると力説する。
 このたびの講演会においても、聴衆に質問を投げかけながら、歴史の事実に対して目を向けること、歴史小説と歴史学の違いについて、歴史を活かす智慧について存分に語っていただいた。加来氏は「もっと時間あれば・・・」とつぶやいておられたが、会場の聴衆も同じ思いだったにちがいない。これを機に歴史の真実に関心を寄せて、人生の智慧を歴史から学ぶといった意識が芽生えることを加来氏も望んでおられるようだ。

■日本人が大好きな歴史上の人物 ベスト3
 加来氏はまず日本人が大好きな歴史上の人物のベスト3を紹介した。なるほどとうなずけるラインナップになっている。

1位 織田信長
2位 坂本龍馬
3位 諸葛孔明

 3位は三国志のヒーローである諸葛孔明で、日本人ではなく中国人。ここで加来氏は中国において三国志で最も人気のある英雄が諸葛孔明ではなく、関羽であることを紹介し、諸葛孔明人気は日本人の大きな特徴があらわれていると指摘しておられた。

  そして、加来氏はこの三人の共通した特徴があることを指摘し、それは何かと聴衆に聞いた。なかなか答えが出てこないので、この三人以外にも共通した歴史上の人物を加えてみせてくれた。それが、水戸黄門、大岡越前、遠山の金さん、石川五右衛門などであった。私たちはますます混乱し(笑)、沈黙が続いた。なんともいじわるな質問攻めで、いろいろと考えても答えが出てこなかった。

■歴史に飛躍はない、あるのは常識!
 加来氏の口から飛び出して来た答えは、「この歴史上の人物たちに共通しているのは、わけがわからない人たち」で、「突然に変身することです」というものだった。
  つまり、水戸黄門は越後のちりめん問屋のご隠居で諸国を漫遊しているが、8時40分くらいになると突然に三つ葉葵の印籠が示されて天下の副将軍に変身する。遠山の金さんも、普段はやくざな金さんがお白洲では突然に北町奉行に変身する。大岡越前はその大岡裁きのほとんどは作り話で、その元になった話は出典がさまざまで信憑性がない。さらに石川五右衛門はその存在自体が疑わしく、記録は残っていないという。
  こうしてみると織田信長も尾張の大うつけで、桶狭間の奇襲に成功し天下を取るという変身物語が人気だ。どの織田信長の物語をみてもまずは大うつけであったというエピソードはかかせないものになっている。また坂本龍馬にしても千葉道場で免許皆伝といわれるが実際はどうであったかわからないらしく、少年の頃に寝小便を垂れていたというところから大物の器論が展開することも少なくない。ここにもある種の変身物語がある。そして三国志演義の諸葛孔明の活躍は大変面白いが、実際の諸葛孔明は三顧の礼をもって迎えられたのではなく、自ら劉備に売り込んでいったというのが本当のことらしい。

  加来氏によれば、日本人はこうした変身や飛躍が大好きで、歴史小説やドラマの中にこうしたヒーローが現れると拍手喝采で、人気が高まるのだという。しかし、歴史の事実というのは生々しいもので、突然に飛躍することなどはあり得ないことで、もしその飛躍を信じてしまうのであれば、私たちが歴史に学ぶことなどひとつもないと厳しく指摘する。

■歴史に学ぶ智慧
 織田信長は桶狭間の戦いに勝利したのか?
 加来氏はここで歴史の見方と考え方について織田信長の桶狭間の戦いを例にとってみせてくれた。一般的に織田信長のリーダー論で指摘されるのは、①情報収集能力、②決断力、③行動力であるという。今川義元の大軍を打ち破るために、情報を収集し、ここぞという決断と実行がなされたから桶狭間の戦いは勝利したという分析がなされるわけだが、加来氏は桶狭間の奇襲にいたるまでの織田信長は何をしていたのかが問題であると指摘する。

 つまり、桶狭間に今川本隊がいたとしても、どうやってそこまで近づけたのか?地域住民が密告をすることなく、織田信長になぜ協力をしたのか?そもそもなぜ織田信長に三千人の家来が負けるかもしれない戦いに命をかけることができたのか?
 テレビや映画のドラマのようにもし織田信長が大うつけであれば、誰もついてこなかっただろうし、地域の住民も織田信長が勝つことを望まなかったに違いない。実は、織田信長は家来から信頼篤く、住民も織田信長に治めてもらいたかったからと見るよりほかにないというわけである。そこには突然に変身したり、飛躍するようなことはなく、常日頃からの織田信長の領主としての資質が優れていたからこそ、情報収集や決断実行力が桶狭間の戦いで生きたというところに真実があると指摘する。

 こうした歴史の事実をみつめるときに、指導者はどうあるべきか、何をすべきかという教訓が示されるのであり、歴史に学ぶことができると強調されていた。

 また織田信長と徳川家康の連合軍が鉄砲三千丁で長篠の戦いにおいて甲斐の武田軍を打ち破ったことの事例をひいて、多くの人は鉄砲三千丁を三段に構えさせて、連射することで武田の騎馬軍団を破ったことを思い起こすはずだが、歴史学の視点はまったく違うところにフォーカスを当てるのだという。

 種子島に鉄砲が伝来してから数年のうちに、鉄砲を三千丁準備できたのという意味合いが大きい。鉄砲を一丁つくるために大幅なコストダウンしなければとても三千丁をそろえる経済が成り立たないという指摘は、歴史の飛躍はないという目でみれば、織田信長の経済政策やモノづくりの視点を見落とさないために重要なことである。

 いくら織田信長が英雄であっても、経済のシステムや原理原則をいっぺんに無視して、いきなり鉄砲三千丁を手に入れることはできない。用意周到に準備して、そのすべてが成り立つように努力を惜しまなかったということであろう。

 歴史の中から現代に役立つ智慧を得ようとすれば、突然の変心や飛躍に頼ることはできないといった加来氏の主張は的を射て至極納得できるものである。

■「むすび」にかえて
  加来氏はテレビで流れる歴史ドラマ、特に大河ドラマは時代考証が乱暴であって日本人が好む構成にしてしまいがちであると指摘する。そこには歴史に学ぶものがなく、突然の変身や飛躍を面白がっているだけで、それを日本人が歴史の事実だと思ってしまうのは大変危険だと警鐘を鳴らしている。
  加来氏は、歴史小説を楽しむのは決して悪いことではないが、それは小説として楽しむべきもので、歴史学とは一線を画するものであることを強調している。そして経営者やリーダーは歴史の裏側にある事実を観る訓練が必要であるとして、現象にとらわれず、隠れている原理や仕組みに目を向けておかなければならないと指摘されていた。
  歴史の見方・考え方は、人生観や価値観の形成に大きな影響を与えるものであることをあらためて実感する。見えているところだけではなく、なぜその歴史が刻まれたのか、成り立っているのかという視点をもつことで、新しい世界が開かれるようだ。