【第95期講座】2006年01月-2006年06月

伊藤 元重の講座リポート


■はじめに
経済学の専門家としてテレビ等でもおなじみの伊藤元重氏は、分かりやすい解説とコメントで定評がある。今回は世界経済の大きな流れを見据えたところから、日本経済の現状と今後の展開について批評された。そして日本がもっともよいシナリオを描きながら財政問題を解消し、少子高齢社会を乗り切ることができるのかについて専門家の立場から問題提起をしていただいた。
■世界景気の動向(1)・・・2001年以降、順調な回復を見せる世界経済
伊藤氏によれば、現在の世界経済は年率4.2%から4.3%の成長を続けており、順調な回復を見せていると指摘する。このような大きな経済成長率を示したのは1975年以来、30年ぶりの好景気であるという。この好景気を牽引しているのは間違いなく中国であり、年率10%という驚異的な成長をしている。

伊藤氏は、世界の好景気の起点は2001年のITバブルの崩壊にあると指摘する。2001年はITバブルの崩壊と共に、9.11同時多発テロ、エンロン事件等々が重なったが、それ以降、世界経済は急速に回復してきている。ここで大きく変化したのはITである。光ファイバーを始めとするITの設備への投資は結局のところ儲からないというので、多くの投資家は引き上げていった。光ファイバーは設備だけであればダークファイバーであるとも言われ、安く買い叩かれるようになった。しかしその結果、ITを使って大きく事業を伸ばしていく産業が次々とあらわれるようになった。それが伊藤氏によれば「流通」と「金融」であったとの指摘は、大きくうなずけるものであった。

金融では、ネット証券が大きく動いている。証券市場での売買に関しては、高給取りの営業マンが一生懸命動いてやってきたけれど、ITを使ったネット証券ではいつでもどこでもコンピューターとネットを通じて売買が可能になった。ネットでの株の売買というと一部のオタクがコンピューターの前で・・・といった暗いイメージがあるかもしれないが、とんでもない。ネット上での売買は店頭での売買高に迫っているほどであり、このシステムは今後も大きく発展していくことは間違いない。また保険・銀行などの金融システムもITの恩恵を受けて革新を遂げている。
また流通関係では、商品の流通はITによって管理されるシステムが整備されてきた。ムダやムリのない調達システムはITによって飛躍的に発展し、流通関係のイノベーションには眼を見張るものがある。
伊藤氏は「アメリカにおけるもっともイノベーティブな産業は流通と金融である」としているが、これはITバブルが崩壊し、ITの設備が割安になったからだと分析する。

■世界景気の動向(2)・・・世界景気を支える米国と中国
伊藤氏によれば、アメリカの経済成長は4~5%であり、強い供給を背景に産業基盤とビジネスモデル等により産業力を高めてきた。その反面、伸びきった需要により双子の赤字のリスクを抱えていることが問題であるとの指摘がある。

またアメリカは、経済成長の割には雇用が弱いという。それはITによって労働生産性が上がっており、合理化が進んでいるために雇用が抑えられるようになっているらしい。たとえば税理事務所にパソコンでデータを送ると、すぐにネットを通じてインドへとデータが送られ処理され、それがまたアメリカに送られて処理される。アメリカの税理士をたくさん雇うよりはインドのコストが安く優秀な税理士を雇う方が利益を上げられるといったことは通常的に行われている。また航空業界では赤字が普通であるにもかかわらず、ディスカウント会社では利益を大幅に上げているという。チケット予約など電話の問い合わせに関して、全米に人的ネットワークを構築していることが大きいようだ。航空業界の経験者で主婦になり退職した人やリタイアした人に登録をしてもらい、働ける曜日などのスケジュールをアップしておく。すると全米からかかってくる電話をコンピューターがネットを通じて振り分けてつなげるという仕組みだそうである。お客様が申し込みセンターに電話をしているつもりでも、実は登録した人のところにつながっているとは誰も思わないだろう。ITによるビジネスモデルは産業力を強くしていることは間違いない。

伊藤氏によれば、経済的側面だけをみれば中国経済はこのまま10年はいけるかもしれないという。中国は10%の経済成長をしている。そしてすでに中国経済はアジア全域を巻き込んでおり、東アジアの国々で中国に対して貿易赤字を出した国はほとんどない。またアジア全域を合わせた経済は、北米・カナダ・中米やEUを越えるともいわれている。

しかし、政治的問題がやっかいである。北京や上海などの沿海側では月収が3000ドルから5000ドルの所得層が増えてきているが、農村部には1000ドル以下の人々が5億から8億人いるといわれている。この所得の格差は大きな問題であり、農村部では暴動が起こっているらしく、政治体制が崩れた場合には収拾がつかないことが危惧される。また工場をやみくも誘致するため、深刻な公害や環境問題が指摘されている。

世界景気を支えているアメリカと中国は、一見すると順調にみえる反面、脆弱さを露呈するような問題を抱えている。

■米国発の調整リスク
アメリカの貯蓄性向の家計部門はマイナスとなっている。つまりお金を貯めようとせずに、過剰な消費行動がみられるということである。アメリカではあきらかに不動産バブルが起こっていて、貯蓄よりは消費に向かっているので、世界景気を上げる原動力になっているとのことである。

この不動産バブルはいつまでも続くものではなく、必ず崩壊する場面がある。そのときにアメリカが消費から貯蓄に走ることになれば、世界の景気は一気に冷え込んでゆくことになる。また日本同様に団塊の世代ともいうべき人たちがリタイアするようになれば、老後のことを考えて消費から貯蓄に向かうとも考えられると伊藤氏は指摘する。

もうひとつのリスクは、アメリカの財政赤字である。中国から消費するモノは入ってくるが、アメリカから中国が消費するモノは入っていかない。したがって、貿易赤字がかさんでいくことになる。これを中国の中央銀行がドルを買うことで調整している。元の切り上げがどのように行われていくのかが大きな問題になるとのことである。

伊藤氏は、日本にとって現在の為替水準(1ドル=110円台)は「べらぼうな円安」であると指摘する。日本は10年前に1ドル=80円台という円高を経験した。以来10年間で日本はデフレ傾向で物価は抑えられたため、現在まで日米の物価は20%の差があるという。したがって、実質為替レートでみれば1ドル=110円は、10年前の水準でみると1ドル=132円となり、伊藤氏のいう「べらぼうな円安」となる。だから輸出関連の企業も多大な利益を出しているというわけである。

■日本経済の三つのシナリオ
伊藤氏によれば、これからの日本経済の行方には三つのシナリオがあるという。それは①「超低金利維持の下でもミニバブル」、②「金利調整の下での持続的な景気回復」、③「財政問題に端を発する金利暴騰」というものである。

日本の長期金利をみると、1990年から15年間は低迷し続けている。1990年に7%あった長期金利は1995年に3%を割り込み、1.5%前後で推移している。
伊藤氏によれば、日本の経済の健全化を求めるのであれば、長期金利が暴騰しないように金利調整をしてゆくことが望ましいという。内閣府は5年後の2011年に長期金利を予測しているが、金利が上がれば株価や地価は下がる傾向となり、景気に影響がでるだろう。しかし消費が拡大し、投資が増えることで経済をひっぱることができるようにならなければ日本経済の健全化は難しいのであり、どうしても金利調整しながらの持続的な景気回復をしてゆくことが大切であると伊藤氏は主張する。
すなわち①「超低金利維持の下でもミニバブル」というのは悪いシナリオであり、③「財政問題に端を発する金利暴騰」は最悪のシナリオということになる。日本経済にとって良いシナリオである②「金利調整の下での持続的な景気回復」に向けて、タイムリーな施策を次々と打ち出してゆくことが政治に求められている。

■「まとめ」にかえて・・・少子高齢化の下での財政問題
医療や年金など福祉にかかる負担は大きくなるばかりであるが、日本の国民負担率は現在のところ37%から38%であるという。スウェーデンの国民負担率が70%ということからみれば日本の国民負担率はかなり低く、やがては財政問題を避けることができない。現在の日本は「高福祉・低負担」になっているが、今後はアメリカのように「低福祉・低負担」にするのか、スウェーデンのように「高福祉・高負担」にするのかを選択しなければならないはずである。

伊藤氏は、日本人がイタリア人やフランス人の気分で生活してくれれば財政問題の解決は難しくないと語る。つまり消費税が19.5%でもかまわないということ。さらにスウェーデン人の気分で消費税24%の生活してくれれば、もっと簡単だという。伊藤氏によれば、スウェーデンの人々は税金で取られるというのではなく、「やがて自分に返ってくるし、自分の子どもたちのために、家族のために預けている」といった感覚であるという。しかし、日本人は政府に対する不信があるので、なかなか消費税を20%というのは無理ではないかと伊藤氏は指摘する。だからこそ政治への信頼を回復し、少子高齢社会にあっても財政問題の危機を乗り切ることができるように、政治家と政治家を選ぶ国民の意識が変わらなければならないという。

世界経済の景気動向にあるように、アメリカの調整リスクや中国の抱えている政治的リスクを見据えつつ、日本の財政問題と少子高齢社会の課題を視野にいれて、私たちの暮らしを守っていかなければならないと痛感する。どのような環境にあっても私たちは暮らしを立ててゆかなければならない。いち早くさまざまな情報を得て、できるならば先回りして手を打つことができるようにすべきだと思う。

バブル崩壊から15年、今また私たちはどのような暮らし方をしたいのかという「ライフスタイル」について見つめ直すべきときにきているのではないだろうか。

本リポートはTCC会員様の特典となっておりますので、転送・配布等はご遠慮ください。

2006年6月13日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ

>> ページTOPへ


 【質疑応答】

■Q:700兆の借金がある日本の財政が破綻するとすれば、何が引き金となるでしょうか?
伊藤:財政破綻とは、政府が借金を返せなくなって借金をみな踏み倒すということではありません。日本でそんなことになるには最悪でも10年も、20年も、30年も先になるのです。財政破綻とはまず金融で起こるのです。財政破綻的なことが起こるとすると金利が急騰します。
たとえば700兆円の借金を一年間に70兆円返すということにすると、10年前に借りた国債を新しい国債に替える時に70兆円分の国債を金融機関に買ってもらわなくてはなりません。金融機関は買うかどうかの判断をするとき、もし政府の財政が悪くなっていて国債が下がるかもしれないと思ったら買いませんよね。そうすると政府としては金融機関に買ってもらわないと本当に財政破綻してしまいますから、しかたなく金利を2%ではなく3%の金利をつけましょうということになります。またしばらくして3%でも危ないなと思ったら4%をつけるようになっていきます。そういうことが起こるかもしれないとマーケットでも読み込んで、すでに出ている国債の利回りを上げる可能性があるわけです。そういう意味で10年ものの利回りが急速に上がってきたときにやっかいなことが起こります。
誰が影響を受けるかというと、政府はすぐ困りますよ。700兆の借金をしているわけですからね。700兆に1%金利が上がるだけで7兆円。それだけで支払いが増えるわけです。そういう意味では政府に非常に影響があるし、それから国債をもっている金融機関にとってみても金利が上がって国債価格が下がるというのは非常に問題です。もし皆さんの中に個人国債をもっていらっしゃる方がいたら、それは金利変動型で守られていますから心配しなくていいですよ。しかし金利が急に上がっていったら借金の多い企業とかは大変ですね。
財政破綻が起こるとしたら、いわゆるミニ破綻で国債の価格が急速に下がるという場合には起こり得ます。それはどういう場合に起こるかといえば市場ですから、いかなる場合にも起こるわけです。
一番わかりやすいのは、政治が日本の財政をキチッとするということに対する信頼を失ったときになるわけです。だから財政破綻の引き金を引くのは政治だということになります。

■Q:アジアにおける共通通貨の可能性はあるのでしょうか?
伊藤:ヨーロッパでやっているような「EUR(ユーロ)」のような通貨がすぐにアジアでできるということはまず100%ないだろうし、そうすべきではないと思っています。日本と中国、日本と韓国の経済は大きく違っています。もし同じ通貨を使ったとしたら、たぶんうまくいかないだろうと思います。いまなぜイギリス経済がいいかというと、ユーロを使っていないからです。イギリスのポンドとユーロの通貨の間で調整があるのでイギリス経済はいいのです。
アジアでの通貨統合は政治的にも無理だろうし、経済的にも共通通貨を使う道はないだろうと思います。ただし、アジアの中での金融的なある種の統合は可能性があるだろうと思います。たとえば共通通貨は無理ですが、共通通貨単位というのがあります。昔、ヨーロッパでは「ECU(エキュ)」というのがありました。共通通貨単位というのは非常に抽象的なもので、通貨を一定の割合で組み込んだ計算上の通貨です。共通通貨単位をもつことによっていろいろな協力ができるかもしれない。さらに一歩すすめてアジア通貨基金(AMF)というのは非常にいいと思います。
IMFという国際通貨基金というのがあるのですが、戦後の先進国の主要国、アメリカ、日本、ヨーロッパがお金を出し合ってつくりました。それは主要国のどこの国がおかしくなってもIMFのお金をつかって安定化させるというものでした。自分たちのお金を使って自分たちの通貨を守るためにやったわけです。ところが1973年に変動相場制に変わったとたんに自国の通貨を守る必要がなくなりました。そこでIMFにある主要国のお金を使って困っている途上国を助けようということになりました。お金を出す人とお金を使う側の人が違ってきたため、勝手に途上国にお金を出すわけにはいきません。それでいろいろな厳しい条件をつけるようになり、これが問題になっているわけです。
IMFの原点に返れば、参加国がお金を出して参加国のためにお金を使うという仕組みが必要です。それならばアジアで、日本や中国や韓国、それに東南アジアの国々がお金を拠出してAMF(アジア・マネタリー・ファンド)を創設し、アジアで通貨のおかしなことが起こったときにそこにお金を出すといった仕組みをつくろうというのは健全な発想であると思います。そういうかたちで共通通貨までにはいかないけれど、その手前でやれることがいっぱいあって、これをおそらく5年、10年の間にしっかりやらなければいけないということだと思います。

■Q:2000万円の退職金があったら?
伊藤:昔の人はいいこと言いましたね。資産三分法。資産の3分の1は預貯金、3分の1は不動産、3分の1は有価証券。もちろん3分の1というのは便法であって、分けるのがいいということですね。これが基本だと思います。
これから先、何が起こるかわからない。たとえばリスクはいやだから預金で持っていた方がいいと、あるいは銀行が信用できないから貸金庫に現金を預けておけば大丈夫というのは、本当はどうかということですね。ひょっとした先ほどの財政の話ではないけれど5年後、10年後に大インフレになるかもしれない。大インフレになると預貯金は紙くずになります。そのときはむしろ株とか不動産を持っていた方がいいかもしれない。だから2000万円という虎の子があるとすれば、将来の生活を安定させるためには三つに分けておかれた方がいいかもしれませんね。ただあくまでそれは便法だと思いますから、よくお考えになってください。(笑)
もうひとつ言わせてもらえば、この10年間で日本はずいぶん、資産の分割という意味ではいい社会になったんですよ。なぜかというと株も昔は50万、100万とまとまったお金がなければ買えませんでした。しかし今は小額から買えますよね。外貨預金も昔はなかなかできなかったけれども今は簡単に買えるようになりました。不動産に投資しようと思ったら、昔は土地や家を買わなければならなかったけれど、システムを通せば小額での投資が可能になりました。昔に比べれば分割しやすくなったので、資産運用や将来の生活設計をするためにはお金をしっかり分けることが大切だと思います。
日本のリスクのもうひとつは高齢化が進んで日本の経済力がどんどん落ちていくことがあげられます。そのとき為替はどうなると思います?常識的に考えたら1ドル=250円、300円になるかもしれない。そうすると海外旅行行けなくなりますよね。子どもも留学できなくなります。将来、海外旅行に行きたいとか、孫が留学したいといって小遣いくらいあげたいと思ったら、そうしたらお金の一部はドルでもった方がいいかもしれないという考え方もあります。今もつと1年後、2年後にドカンと落ちるかもしれませんから責任はもちませんけれども(笑)まあ20年後、30年後をみたら。そこを戦略的に考えなければなりません。日本人の大失敗はあまりにもひとつのものにお金を入れすぎてしまっているということだと思います。
ちなみに、あるパネルディスカッションで資産三分割について発言したところ、隣のパネリストが、「伊藤さん、それは違うよ。資産三分割などもう古い。いまは四分割ですよ」と言いました。その四つ目は何ですかと聞くと、「人的資本です」と答えられました。「自分に投資しろ」ということです。いかに株や土地に分散しても身体を壊したら何にもならないだろうというのです。だから健康あっての人生だと。さらにいえば、自分に投資することによって人生が楽しくなるかもしれないと、それも事実です。だからこういうところ(TCC講座)に来るのも非常にいいんですよ(笑)株を買うよりもひょっとしたら、リターンが高くなるかもしれませんね。
そういう意味では「資産四分割」という考え方でやってみてはいかがでしょうか。

本リポートはTCC会員様の特典となっておりますので、転送・配布等はご遠慮ください。

2006年6月13日発行  NPO法人ザ・シチズンズ・カレッジ