【第110期講座】2013年10月-2014年03月

佐藤悦子の講座リポート


■はじめに

佐藤悦子氏は、アートディレクター・佐藤可士和氏が率いるクリエイティブスタジオ『SAMURAI』のマネージャーとして、企業の商品開発やプロダクトデザインをはじめ、数多くの企業のブランディングなど、現在30以上のプロジェクトをパラレルにコントロールしている。

これまでの『SAMURAI』の代表的な仕事として、2006年にユニクロのグローバルコンセプトを展開し、ニューヨークにユニクロの世界旗艦店をプロデュースしたのは記憶に新しい。また東京六本木の『国立新美術館』のシンボルマーク、東京立川市の学校法人『ふじようちえん』の環境を含めたアートディレクションは世界的にも大きな反響を及ぼした。
その他にもセブンイレブン、明治学院大学、今治タオル、カップヌードルミュージアムなどなど、そのデザインを目にすれば『SAMURAI』が手掛けた仕事であったかと、いまさらながら気づくことも多い。

そしてプライベートでは佐藤可士和氏の妻として、また一児の母として育児をしながら家庭を守っている。また佐藤氏のブログは人気が高く、その飾らない率直な文章からうかがえる女性としての魅力は、30歳前後の女性たちのあこがれとなっている。

実は佐藤氏が本講座に登壇することをブログで紹介してくださった瞬間、日頃からブログを通じて佐藤氏のライフスタイルに共感する30歳前後の若い女性たちの申し込みが殺到した。その結果、会場には20代から70代という年齢の幅広い聴講者が集うことになった。
そこで佐藤氏は、はじめにアートディレクター・佐藤可士和氏の仕事の紹介と共にクリエイティブな世界の舞台裏を語られ、その後に仕事と家庭を両立する「女性の生き方」についてその秘訣を語ってくださった。

■クリエイティブスタジオ『SAMURAI』のマネージャーとして

佐藤氏によれば、アートディレクターである佐藤可士和氏が思いきりクリエイティブな仕事ができる環境をいかに整えるかがマネージャーとしての一番の仕事であるという。そのためにタイムテーブルやスケジュールの管理、仕事の選び方から契約内容などの細かいチェックをしながら、佐藤可士和氏がアートディレクターとして存分にその能力を発揮できる環境を整える。ここに佐藤氏の仕事のあり方と使命感が強く表れているようだった。

佐藤氏の著書の中で、佐藤可士和氏はマネージャーとしての佐藤氏との関係を次のように語っている。
「まさに気分としては『パリ=ダカールラリー』のドライバーとナビゲーターの関係。F1のように僕だけが走っていて彼女がコックピットにいるのではなく、僕がアクセルをベタ踏みしてハンドルを握っている間、どっちにいくかを案内してくれているのが、マネージャーである彼女なんですね。サムライの仕事がそれだけ猛スピードで進んでいるし、年々難易度も上がっているから、ドライバーはもちろん、ナビゲーターが少しでも目を離してしまうと道はどんどん目の前に迫ってくる。ふたりが同じゴールに向かっているから、どちらに進むべきかという情報の共有は欠かせない」
(「佐藤可士和のつくり方」/佐藤悦子著/誠文堂新光社より)

佐藤氏による『SAMURAI』という日本と世界に発信するアートディレクションのビジョンとミッションは明快で、クライアントが本来もっている本質的な価値を研ぎ澄まし、ブランドを磨き上げながら社会にプレゼンテーションをすることにあるという。そのためにはアートディレクターの佐藤可士和氏がその感性と創造性を存分に発揮する環境をつくっていくことが佐藤氏のマネージャーとしての役割と使命であるとのこと。それは佐藤氏の確信に満ちた言葉の中に印象深く感じとることができた。

■ブランディング=本質的価値×戦略的イメージコントロール

佐藤氏によれば、『SAMURAI』の仕事のありたい姿として最も大切にしていることは、「どの仕事であっても本質的価値を見つけることが第一」であるという。

どんなに美しいロゴデザインや色、あるいはカッコいいパッケージを提案したとしても、それは個人の好みであって、その評価はきわめて主観的であり千差万別である。だからこそ企業が商品を社会に提供していくときには、その企業が本来もっている本質的な価値が表現されていなければならないと佐藤氏は指摘する。ただ綺麗とか美しいというのではなく、企業ブランドとして社会にうったえていきたい本質的な価値をまずもって見出せるかどうかが『SAMURAI』のこだわりであるという。

したがって、仕事のオファーが来た時にはまず『SAMURAI』の仕事のあり方を共有してもらえるかどうかが大前提になる。クライアントの本質的価値を見いだし、コンセプトというカタチでピカピカに磨きをかけて、クライアントとプロジェクトに関わるスタッフが共有することができるようにすること。その上でロゴや商品のパッケージを提示していくとき、クライアントがその本質的価値とコンセプトに沿った判断基準によって選び出すことができるという。このように本質的な価値を判断基準にすることで、ロゴマークは単なる記号ではなく、その企業のビジョンと社会に対するメッセージが込められたシンボルとなっていく。

佐藤氏は「この仕事の本質は何なのか?このプロジェクトで求められているのは何なのか?まずはっきりさせて、そこを突き詰めて、そのゴールイメージをプロジェクトメンバーで共有することにものすごく時間をかけます」と語る。
そのためのクライアントにヒアリングをする時間を大切にし、決してこれを飛ばすことはないと断言している。もしここを飛ばしてしまったら、後々にこのプロジェクトが空中分解してしまうリスクが大きいという。だからこそ、「企業の本質的価値をコンセプトとしてクリアにすることで、そこからプロジェクトの達成すべきゴールイメージが共有できる」ことを大切にしておられるのだろう。

そしてこの重要性をプロジェクトメンバーにわかってもらえるようにするのが、マネージャーである佐藤氏の仕事の大きな部分を占めているという。

また企業の本質的価値を輝くコンセプトにするところから、誰にどのようにこのコンセプトを伝えるかということが、戦略的イメージコントロールである。佐藤氏によれば、誰にどのように伝えたいのかを戦略的にコントロールする緻密さが求められるという。

『SAMURAI』での仕事は、本質的価値をコンセプトにし、戦略的なイメージコントロールによって、伝えたい人に伝えたい内容を届けることにゴールイメージを設定する。どんなに素晴らしい本質的価値があったとしても、きちんと届けたい人に届くように、伝えたい人に伝えられるようにしなければ意味がないということだ。このような舞台裏を知った上で、これまでの佐藤可士和氏が率いる『SAMURAI』の仕事を拝見するとき、あらためて佐藤可士和氏の仕事の凄みが伝わってくる。

■『SAMURAI』のブランディングとは

「アートディレクター・佐藤可士和は何をしたいのか?」
マネージャーの佐藤氏の視線は常にここに注がれている。博報堂での仕事から独立して『SAMURAI』を起ち上げ、新しい分野に挑戦をしてきた。たくさんの出会いの中でまた新しい分野に挑戦することで佐藤可士和氏の何かが変化していく姿を目の当たりにするとき、佐藤氏は感じた内容を言葉にして直接に佐藤可士和氏に伝えるという。
それは本人がその変化を意識していないこともあるから、常に何かを感じたらまとめて言葉にして伝えるようにしていると佐藤氏は語る。

佐藤可士和氏が博報堂から独立し『SAMURAI』を起ち上げてからの仕事は、まずインパクトがあり瞬発力のあるデザインが展開されていったが、やがて消えてしまうものではなく恒久的に残るデザイン、つまり持久力と耐久性のあるデザインに佐藤可士和氏の思いが変化してきていると佐藤氏は分析する。
そういう思いがあるからこそ、「国立新美術館」や「ふじようちえん」、あるいは「カップヌードルミュージアム」等の仕事を引き寄せてきたのであり、佐藤氏はマネージャーとしてその環境を整えてきたのだという。

さらに現在は、次世代を育てるために『SAMURAI』の若いメンバーにチャンスの場を与え、また佐藤可士和氏は大学で教鞭をとるという教育の分野に活躍の場を広げておられるとのこと。

ところで佐藤氏は、不変の価値と変化する価値があると指摘している。仕事の価値はどんどん変化するし、時代の風は常に変わっているのだから、当然に佐藤可士和氏の思いも変化してゆくのであって、これからも活躍の分野とそのステージが広がっていくことになると『SAMURAI』の未来を見据えているようであった。

■クオリティはディテールの集積

「神は細部に宿る」(God is in the details)とは、ドイツの建築家ミース・ファンデル・ローエが好んで使っていた言葉である。その意味は、素晴らしい芸術作品や良い仕事は細部まで丁寧に仕上げていて、そのこだわったディテールこそが本質を決定するということである。佐藤氏はこの言葉を引用し、まさに「クオリティーはディテールの集積」であると指摘する。いい仕事をするためには細部にわたって心を配り、そのひとつひとつを妥協せずに徹底することが求められる。これは佐藤氏の仕事への姿勢であると共に、人生のあり方として大切にしていることであるという。

そして佐藤氏はディテールの集積するためには、①スピード、②タイミング、③表現力という三つの要素があると指摘する。これもまたマネージャーとしての経験から学んだことであり、幸福な人生をつくるための要素でもある。

①スピード
スピードは速すぎても、遅すぎてもいけない。たとえばメールの返信は遅すぎると相手に不安を与えるし、返事が早すぎてもしっかり理解してもらえているのかという不安をもたらす。スピードを間違えると、どんなに素晴らしい提案でも、そのクオリティを打ち消し去ってしまうほどの不信感を与えてしまうことがある。プロジェクトを展開する上で、いろいろと適したスピードがあり、そのスピードをコントロールすることが大切である。

②タイミング
クライアントやスタッフに伝えたいことを理解し受け容れてもらうには、よきタイミングをはかる。相手が落ち込んでいるときや、あるいは仕事に集中しているときなど、一般的に伝えるタイミングを間違えてしまうことも多い。伝えたい内容をしっかりと伝えられるタイミングをよく観ていないと失敗する。だからこそ佐藤氏は、相手を注意深く観ていないと伝えるタイミングが見えないのだという。

③表現力
何かを伝えようとするときに、その何かをどのように表現するか。思いや感情を伝えるときに、言葉や態度で表現できること。伝えたい内容を下手に表現してしまうと、相手に不安を与えることになり、まったく理解されないという恐ろしい結果を招く。
質疑応答の時間に「表現力を磨くにはどうすればよいか?」というものがあった。佐藤氏は、とにかく思いを言語化する訓練をすること、また文章を書くことで表現力は磨かれるというアドバイスをされていた。

このディテールを集積するための三つの要素は、暮らしの中にあるさまざまな場面で、思いやメッセージを「伝える」ためにも大切なものではないだろうか。私たちが豊かで幸福な人生を送るために、①スピード、②タイミング、③表現力をどのように使っているのかを見直してみたい。

■新しい時代を切り拓く女性の生き方とは
―20代、30代、40代、50代をどう生きるか?

講演の後半は、佐藤氏ご自身の人生体験をふまえて、それぞれの年代に応じた女性の生き方を提示していただいた。

◆20代:佐藤氏は大学を卒業して大手広告代理店の博報堂に就職した。営業職としてさまざまな仕事をしたが、クライアントと制作担当との間にある営業としての存在感に限界を感じていたところ、雑誌編集とのタイアップの仕事との出会いがあった。担当する商品をファッション系の雑誌からビジネス雑誌まで多岐にわたる雑誌の読者層に応じて、効果的に広告宣伝をプロデュースするのは楽しい仕事であったという。
それで営業職から雑誌局に移動を希望し、思いきりやりたい仕事に没頭することになる。このことが後に外資系の化粧品会社に転職し、ブランディングや広報、マネージメントとプロデュースのキャリアを積み上げることになり、現在の『SAMURAI』のマネージャーとして活躍する土台となっているとのこと。
佐藤氏は20代という季節(とき)は「自分は何が好きなのか。1ミリだけでも自分が好きだと感じられることを見つけ、それを選ぶ。感性を鈍らせないで、あきらめないでやることが大切」であると強調する。

◆30代:佐藤可士和氏と結婚して、外資系化粧品ブランドに転職した際に英語の壁にぶつかった。広報のPRマネージャーとして英語力がどうしても必要であると感じた佐藤氏はイギリスに語学留学し、帰国後もプライベートレッスンを重ねて英語をマスターした。このことが大きな転機になったと佐藤氏はふりかえる。英語が苦手という大きなコンプレックスを克服し、仕事への自信も高まっていった。
このことから佐藤氏は「30代は自分への投資することに遅すぎることはない」と語る。新しいステージに向けて自分自身への挑戦をする季節(とき)である。
また佐藤氏は37歳で愛息を出産したが、そのとき「ベストタイミング」であると佐藤ご夫妻は感謝を捧げたという。夫と共に愛する息子を得て、三人が人生のパートナーとなった。
佐藤氏は「とにかく30代は恐れずにチャレンジしてほしい。それがその後の人生にきっと大きく影響すると思う」と強調しておられた。

◆40代:現在40代の佐藤氏は、「最も自分の時間が取りにくいとき」であるという。仕事においてはスタッフの育成、家庭においては三世代のケアがあり、「人の為に生きる」のが40代という季節(とき)であると。
それは人生における仕事と育児と自分というフィールドのせめぎ合いの中で、それぞれのフィールドを意識し、その場を共有する人たちへの配慮をすることを忘れないことが大切であるという。佐藤氏の仕事と家庭を両立する秘訣は、こうしたその場を共有する人たちへの誠実な対応を可能にする意識の切り替えにあるということだろうか。

佐藤氏が指摘するように、人生のあり方を10年単位で見つめることで、そのときどきの人生のあり方がクリアになるのではないだろうか。佐藤氏が生きてきた20代から40代の人生の季節(とき)は、その時にかなった人と仕事の出会いと、選択によって、人生の美しい花が咲いているように感じられる。
特に佐藤氏が20代のときの「1ミリだけでも好きだと感じられることを選ぶ」という人生の選択は、私たちが人生を後悔しないで生きるための善き智慧を授けてもらったように思う。

■「むすび」にかえて・・・ぶれない「軸」と「バランス」

さて、佐藤氏は講演の中で「軸」と「バランス」について興味深い発言をされていた。

『SAMURAI』の仕事を通じて、いかにバランスが大切かを痛感するという。バランスとは、均衡とか平衡感覚という意味で使われることが多いが、佐藤氏は「どこかひとつに偏ることなく、自分の足で立っていられるように重心の軸のあり方を整える」ことであると定義している。それは軸をもってしっかり立っていると全体が見えるのだという。少しでも軸がぶれて傾くとある方角が見えなくなり、偏ったものしか見えなくなる。それは正しい判断ができなくなるのであり、未来を見据えることができなくなることだ。

佐藤氏によれば、『SAMURAI』が抱えているプロジェクトは30を超えているという。クライアントからすると、たくさんのプロジェクトを抱えているというのは少々心配な思いもあるらしい。自分のところの仕事に集中してもらいたいというのは人情であろう。
しかし佐藤氏は、「時代に吹く風は常に動いています。価値もいろいろと変化します。その時代の風を読み、変化する価値の行方を知るために、多方面の仕事をして多くの視点からものを見ることが大切なのであり、だからこそひとつのことに偏らないことで時代の空気を感じ取ることができるのです。30のプロジェクトがあれば、30の視点と世界があるのです」と解説する。
また少ないクライアントに集中し依存すると、仕事を打ち切られたくないという力学がはたらき、クリエーターの目を曇らせることになりかねない。
したがって『SAMURAI』の仕事として、クライアントの本来もっている本質的価値を結晶化させるパワーを発揮するためには、依存することなく、ぶれない「軸」により自分の足で立ってバランスをとらなければならないという。

さらに佐藤氏はこれを人生のあり方にも通じるものがあると指摘する。
自分自身の本質的価値が「軸」となり、仕事と家庭と自分のそれぞれのフィールドのせめぎ合いの中でバランスすること。そのためには基本的な自分自身の軸がぶれないように、①自分を見つめる時間をもっていること。そして②人からの指摘、アドバイス、フィードバックをきちんと受け取ることが大切であるという。このような自分自身の軸がぶれずにバランスをとるための二つの心がけを大事にしたいものである。

それにしても佐藤氏の「どこかひとつに偏ることなく、自分の足で立っていられるように重心の軸のあり方を整える」というバランスの定義は、私たちの人生を支える「重心の軸」とは何であるのかが問われて迫ってくる。実はこの「重心の軸」こそ、私たち一人ひとりの内にある唯一無二の本質的価値であるに違いない。ここで今一度、『SAMURAI』流の方法に学びながら、私たちの内にある本質的価値を結晶化させて「重心の軸」たりうる生き方について考えてみるのも価値あることではないだろうか。