【第108期講座】2012年10月-2013年03月

山村 武彦の講座リポート


■はじめに
防災・危機管理アドバイザーの山村武彦氏は、大規模災害の現場を40年に渡って調査してこられた防災の日本における代表的な専門家である。特に1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災では、2時間後には現地入りし救助活動と調査活動にあたっていたいうほど、その現場主義への思いは強い。それは現場の中に真実があるのであって、机上の上では真に人々の命を守る防災システムはできないという信念があるからだという。
今回の講座においても、普段私たちが防災と称する認識がいかにあいまいで、いざというときに役に立つかどうかわからないものであるかと思い知らされた人は多かったのではないだろうか。暮らしの中での防災とか危機管理は、どのような意識をもって、具体的に何をしなければならないかを再点検しなければならないと強く促された。

■災害列島に住む作法
 日本列島は火山と地震によって山紫水明麗しい自然が生み出された。そしてこの美しい自然を造り出した火山活動と地震は、古代から日本人に常に災害をももたらしている。
 2011年3月11日の東日本大震災は今回が初めての大地震ではなく、1100年前の貞観11年(869年)5月26日に発生した貞観地震についての記録が残されており、大小にかかわらず常に地震に見舞われていた。これは東北だけではなく、日本列島すべてに起こってきたことである。また地震だけではなく、台風や大雨などにより河川が決壊したり、土砂崩れが起こったりして、さまざまな自然災害が私たちの暮らしを脅かしてきたのも、日本列島の美しい自然と厳しい自然の織り成す姿となっている。
 農村や漁村では、自然と共に暮らすという意味で、台風などの自然の猛威に対しての心構えや支度を整える意識は高かったと思われるが、現代社会の科学文明と都市化によってかえって協力して防災に備えるという意識が薄れてしまっていたのではないか。そこに阪神淡路大震災や東日本大震災という未曾有の災害に見舞われて、日本人の意識は大きく変わった。
 そこで山村氏は「災害列島に住む作法」を紹介し、いつどのような災害が起こってもあわてずに、しっかりとした対応ができるように心がけることを強調する。

◆災害列島に住む作法

1.「覚悟と準備」
   災害列島に住む覚悟
   そのための耐震・備蓄・訓練

2.「近助の精神」
   被害者にならず、加害者にならず、傍観者にならず

3.「防災心理」
   災害時の心理を学び、災害回避・最適行動

 山村氏が指摘するように、まず私たちは「災害列島に暮らしている」という自覚と覚悟が求められている。地震については、「日本のどこにいても震度6強の地震は起こると思え」と強い認識を促した。メディアで各地域の地震による震度予測がなされているが、どんなに大きくても震度4ならこの程度で考えていればいいと思ってしまうことが危険であると指摘した。いつでもどこでも震度6の地震が起こってもおかしくないと認識し、いざというときに生命の安全を確保する行動が取れるように準備をしておくべきだという。
 こうした覚悟と準備があれば、いざというときに冷静に対応することができるというのである。このような防災の意識をもつことが大切であるという山村氏の発言は、これまでさまざまな災害の現場を調査し検証してきた背景があり、その言葉には迫力がある。

■命を守るため、凍り付き症候群から脱する訓練が大切
 「災害列島に住む作法」の③では「防災心理」を知り、災害回避・最適行動するとあるが、山村氏がもっとも強調したのは災害時の「凍り付き症候群」に陥らないためにどうすればよいかということだった。
 山村氏は阪神淡路大震災の発生したときの震度6の実際の映像を見せてくださり、その瞬間にその場にいた人たちは一切動けずにいた様子がリアルに伝わってきた。やはり何が起こっているのかわからず、パニック状態になり、どこが安全な場所であるかという判断はできるものではないとよくわかった。
 このような災害時に起こる人間の心理的状態を「凍り付き症候群」と称されており、突然襲ってくる災害にフリーズしてしまう。山村氏はこの状態はもっとも命が危険にさらされる瞬間なので、普段から訓練をしておかなければならないものだと強調している。
 どんなに1週間もの水や食物などの備蓄があったとしても、災害が起こった瞬間に命が失われてしまったら、備蓄の意味がない。災害のその瞬間を生き延びさえすれば、あとは何とかなると山村氏は語る。

◆安全圏を確保するためにすべき行動とは、まず玄関のドアを開けること
 それでは普段からどのような訓練をすればよいのだろうか。
まず小さな揺れを感じたら、すぐに玄関のドアを開けること。小さな地震だからといってテレビを付けたり、ラジオのスイッチを入れて、どこで地震が起こったかをチェックするというのではいけない。まず玄関のドアを開けて避難経路を確保することが大切であるという。それは山村氏がたくさんの災害の現場を見たときに、玄関が丈夫であることがわかっているからだという。つまり玄関のドアを開けるという行動は、安全経路を確保するだけではなく、安全なゾーンに向かっていくということでもあるとのこと。
 確かに大地震となれば、玄関のドアが歪んで開かなくなってしまう可能性が大きい。地震警報が鳴ったら、すぐに安全圏を確保するための行動が取れるように、小さな揺れが起こったときには、行動を訓練しておくことで、防災時の「凍り付き症候群」から脱して落ち着いた行動ができるようになる。
 もしキッチンで火を使っていたら、すぐに消すことが大切である。しかし大きな炎が上がってしまったら、まずやらなければいけないのは、大声で「火事だ!」と周囲に伝えて助けを求めることだという。もっと良いのは、手元に笛をおいておき、いざというときにその笛を強く吹いて助けを求める。災害時にはとにかく周囲に状況を伝えて助け合うことが大切であると山村氏は強調する。

■近助の精神を!
 大規模災害の危機管理システムは、行政と企業と一般の人々が協力してはじめて機能する。いつ何が起こるかわからないが、非常時にどのように対処するのかがはっきりしていることが大切で、こうした災害時に必要な情報が共有化され機能するような体制を整えることが今後の問題であろう。
 山村氏は、災害時にはお互いに助け合うことが一番大切であるとし、その地域での「近助の精神」を共有するべく、次のようなメッセージを語っている。

◆近助の精神
「ひとは一人では生きていけません。それぞれの存在によって社会が成り立っています。だからこそ「自分でできることは自分で対応」が基本です。
しかし、誰でも病気になるときがあります、誰でもいつかは年を取ります。でも、病人、高齢者、障がい者になりたくてなった人は一人もいません。
可能な限り自分のことは自分でしたうえで、それでも対応が困難なときは、隣人、同僚、行政に助けを求めていいのです。つらいときは愚痴をこぼし、悲しいときは泣いていいのです。地域・職場、隣人同士どこかで迷惑を掛け合い、助け合いながら生きているのです。
それがお互い様です。普段から「ほどよい距離感」で隣人に関心を持ち、困っているな、変だなと思ったら、近くにいる人が声を掛け、助け合う、傍観者にならない心、それが『近助の精神』です」。
山村武彦

■「むすび」にかえて
 防災や危機管理は、個人のレベルから、企業、地域、行政、国家、世界にいたるまで、幅広い対応が可能なシステムが求められている。原発事故によって放射能汚染が問題となっているが、これは海に汚染水が流されれば国家だけの問題ではなく世界の問題となるし、中国からの大気汚染も一国家の問題ではない。大きな問題解決のシステムは、国レベルでしっかりと対応してもらわなければならないが、私たちが暮らすそれぞれの地域での防災については、その地域の人々が一体となって対応しなければならない。
 山村氏のような専門家の指導のもとで、いざという災害時の対応が機能するシステムが構築されてゆくことを望むものである。
もっとも山村氏が最後に紹介してくださった、東日本大震災で被災した人々の礼儀正しく、秩序正しく、略奪しない日本人の基本的な精神は世界に誇るべきものである。子供から高齢者まで一貫して、日本人の礼節という基本的な精神性はあるのだから、ここに防災・危機管理システムがしっかり機能するように整えておくべきであろうと思う。
それにしても心に留めておきたいのは、山村氏の「災害の瞬間に生き延びる」ことと「お互いに助けを求める」こと。さらに「災害列島に住む作法」を肝に銘じておきたいものである。